Ⅲ-12 支柱
即応して動ける主力の多くが、聖徒騎士団だった。
――これで王都の守りは薄くなる。ニニオはそれでも南部を選んだ。
ウェルロッドはギリ、と臼歯を噛む。
「ビュロー卿?どうなさいました」
隣の指揮官が声を掛ける。テオバルト・イースト――ルイン直属の若き将だ。
「テオバルト殿」
「私は若輩、テオで結構です。お気軽に」
「ではテオ。貴殿はどう見る」
「何を、でしょう」
「王都防衛に残るはずの貴殿らまで南部へ引き出す、この采配を」
「南部戦線の安定こそ急務――そういうことでしょう」
「それは儂も重々承知だ。だが、嫌な予感がある」
テオの視線が僅かに細くなる。観察の癖のある眼だ――擦り減った柄の握り痕、鎧の綴じ目の傷、腰の鞘の角の欠け……人の“使い方”が見える眼。
「魔王軍が再び大軍を投じる、という予測のことで?」
「それもある。だが儂が案ずるのは別だ。王都だ」
ウェルロッドは声を潜める。
「テオ、貴殿のところへ蛇から降る報は、どの程度だ」
「多くはありません。……王都の懸念、ですか」
「ここ数日、城門詰めの交代記録が薄いと聞く。市井では矢羽の相場が上がり始めたとも。いかにもきな臭い」
テオは短く頷いた。
「怪しい動きの諸侯がいるのは確かです」
「やはりな。とはいえ、其奴が武で都を衝く心配は薄い――陛下はそう見ておられると聞くが」
「その件は、ルイン殿も交えて」
「ビュロー卿!」
背から声。振り向けば、朗らかな笑み。
「これはこれは!アーモリー卿ではないですか」
ピダーセン・フォン・バーテルバーグ・ツー・アーモリーであった。
「今回は貴殿の指揮下に入る。よろしく頼むぞ」
「ワシなどが総司令というのも妙な話でしてな」
「なあに、野戦指揮なら王国でも一二を争うジウ家であろう」
「世辞はよしてください、アーモリー卿。所詮、前で暴れられればそれで良い手合いです」
「では、儂と同じだな」
「三下のワシなどと比べられては困りますぞ、アーモリー卿」
「何を申す。あれほどの食人鬼の首級を上げておいて」
「ありゃ儂一人の手柄ではありません。兵がよく働いてくれただけです」
「ハッハッハ、まあそういうことにしておこう」
テオは二人のやり取りを黙って見た。
――鎧の合わせは実用一点張り、足運びに隙がない。笑っていても背は壁を取る。
噂通りの激情、だが実際は短慮に非ず。直感で本質を掴む気配がある、と彼は見立てた。
「ご歓談のところ失礼します。私、ビュロー卿の補佐を仰せつかった、聖徒騎士団第二師団長テオバルト・イーストと申します」
「うむ。ピダーセン・フォン・バーテルバーグ・ツー・アーモリー。よろしく頼む」
「現地到着し次第、代理指揮のフリッツ殿と、補佐の我が騎士団長ルインを交えた会議を。アーモリー卿にもご同席願えますか」
「儂の独断でよければ、古参新着を問わず戦慣れの諸侯も集めよう。其奴等も交えて詰めた方がよかろう」
「大変助かります」
「……で、儂の品定めは済んだか、テオバルト?」
「なっ――」
「ハッハッハ!信に足るか、重大な報を渡せる器か、見極めは王国の命運に直結する。お主の目は正しい。が、やるならもう少し、悟らせぬようにな」
「アーモリー卿……卿に気づかれず、というのは不可能でしょう。若き者を怖れさせるような真似は感心しませんぞ」
「それが“怖がらせ”になるのか!?」
「卿ほどの御仁に言われれば、若手は縮み上がりますわ。なぁ、テオ」
「は、はい!い、いえ!私の視線が無礼でした。ここにお詫びを――」
「ほら、萎縮してしまったではないですか、卿」
「儂のせいか!?」
「当たり前でしょうが!何をなさっているのです」
「おお、すまんテオバルト!そんなつもりではなかった、頭を上げてくれ!」
ウェルロッドはガハハと笑い、胸を撫で下ろした。
――ピダーセンの在り様は、正直ありがたい。
総司令官という肩書で、最初に困ったのは家格である。
南部全軍の指揮権は、本来なら国王か大将軍の職掌。最古三家でも勲三家でもないジウ家には、身に余る。ピダーセンを事実上の総司令に据えれば、諸侯の不満は最小に収まるはずだ。
怖いのは突き上げそのものではない。突き上げがもたらす、諸侯の心理的分断である。
これだけの兵力を一丸で動かせば、効果は絶大。だが大軍は崩れるのも早い。いったん綻べば、撤退すらままならず潰走――その時、王国は終わる。
本音を言えば、すべてをピダーセンに丸投げしたい。だが彼は筋を通す男だ。ニニオの命に背くことはすまい。
何より――ウェルロッド自身が背きたくなかった。
ニニオは、幼い日の邂逅を覚えていた節がある。
その記憶を踏みにじりたくない――至極私的で、しかしウェルロッドにとっては何より重い理由が、胸の芯に残っていた。
だからこそ、支柱は折れぬ。




