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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 八九六大攻勢

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Ⅲ-10 書簡

「兵站が安定してきたようだな」


 ウェルロッドは干し肉を噛みながら、荷駄を解く兵たちの手元を眺めていた。塩と穀粉の匂いが風に乗る。


「街道の拡張工事が急ピッチで進んでいます」


 音もなく背後に立つ声。ルインだ。相変わらず影の薄い男だが、将としての切れ味は信に足る。


「王都に、そんな金と人手が残っているとは思わなんだが」


「共和国からの支援だとか」


「あの剛皇帝(ガンファンディ)を口説いた奴がいると?」


 蔡嘴(ツァイズィ)の噂は、先代からよく聞かされた。計算高く、時に豪胆。己の理屈でしか動かぬ偏屈――だが、そこが強い。見返りなく他国を助ける男ではない。


「第一王妃が口説き落としたらしい」

「第一王妃!?」


 ウェルロッドは一瞬目を丸くし、すぐにガハハと笑った。


「あの()()()()()()()()()()()()が、な!なるほど、さもありなんだ!」


「ビュロー卿、仮にも第一王妃をそのように……不敬では」


「なぁに、戦場で吐く言葉を逐一届け出ていたら、戦などできんわ!」


 笑いながらも、ウェルロッドは昔日を思い出す。レミントン王の御代、まだ中央にいた頃、幼いアブトマットとニニオを遠目に見た。利発な兄妹――あの頃の印象が、いま現実となって目の前に戻ってきた気がする。


「今、中心に据えるべきはニニオ陛下だろうな。陛下が残ってくださったのが、最後の救いだ」


「第一王妃陛下とお知り合いなのですか?」


 フリッツが目を丸くする。


「見かけただけだ。四十年も前だし、儂のことなど覚えておらんさ」


 胸に湧く、言いようのない懐かしさ。だが現実は甘くない。


「第一王妃陛下がいらっしゃれば中央は安泰――そうもいかぬ、か」


 ウェルロッドは自嘲気味に息を漏らす。


「国王不在の現状、決裁権は急造の元老院にある。審議会は“意見”は出せても、“決め手“がない」


「しかもニニオ陛下はシグ家のご出。担がれること自体に反感を覚える諸侯も多い。カルカノ殿の心労は尽きぬな、ルイン」


「全くです……」


 フリッツは、王都に来てすぐの空気を思い出す。シグ家の一員である自分が味わった刺のような視線――ニニオはその何倍もの圧に晒されているはずだ。


「加えて魔王軍の攻勢。……不幸は続くものだな」


「偶然の重なり、とは思えません」


 ルインの声が低くなる。


「……王国内に、魔王軍の間者がいると?」


「あまりに時期(タイミング)が良すぎる。我々も見つけ次第潰していますが、数が多い」


「蛇でも手を焼くか。――種は人間だけか?」


「いいえ。人間(ヒューム)耳長人(エルフ)鉱矮人(ドワーフ)狼狗人(ウェアウルフ)……王国に住む種族はおおむね網羅されています」


 ウェルロッドは顎髭をひとなでし、短く唸る。


「末端を断っても、上が生きておる。組織されて動いている証拠だな」


「仰る通り。しかし、その“上”に今ひと押しが届かないのが現状です」


「……ただの力押しに見える今次の攻勢にも、裏があるかもしれん」


「猊下の見立ても同じです」


「王都の暴動も臭う。――人の手と、魔の手が、見事に絡んでおる」


 暗い予測は士気を削る。だが取り繕う余裕のないのも事実だ。


「ビュロー卿、よろしいですか」


 詰所の幕が揺れ、兵が駆け込む。


「どうした」


「王都より文が」


 差し出された筒を受け取ったウェルロッドは、思わず目を見張った。


「……第一王妃の印!?」


 金の糸で結われた羊皮紙。赤い封蝋には、見紛うはずもない后の印章。手に持つだけで重い。


「儂に何をやらせる気だか……」


 苦笑しつつ封蝋を割る。蝋のひび割れる音が妙に大きく響いた。走り読みして、眉がわずかに動く。


「……ルイン。しばらく前線は貴殿に任せる」


「お召しか」


「うむ。フリッツのことも頼む。すぐ戻る」


 言いながら、ウェルロッドは書簡を丸め直し、懐に収めた。


「第一王妃の次の一手は、ビュロー卿ですか」


 珍しく楽しげな声音のルインに、ウェルロッドは渋面を作る。


「儂はな、辺境でのんびり暮らしたいのだ」


「前線を押し返した功労者が何を仰る」


「戦が嫌なのではない。(まつりごと)に関わりたくないのだ!」


「非常時です。観念を」


「薄情者め!」


 ぷりぷりと怒りながら、ウェルロッドは詰所を出ていった――が、すぐに戻ってきた。


「ビュロー卿、忘れ物ですか?」


「フリッツ」


 ウェルロッドは、壁際に立てかけてあった自分の手斧(ハンドアクス)丸盾(ラウンドシールド)を持ち上げ、青年の前に差し出した。丸盾は人ひとりを覆う大径、縁には干からびた黒い血が細い筋を残す。


「これを預ける。意味は分かるな」


「え……」


 フリッツが息を呑む。


「儂が王都にいる間に、一ミリでも後退してみろ。戻ったら、お前の頭を――この斧でかち割る」


 ニヤリ、と口端だけで笑う。冗談半分、宣告半分――だが、その眼は温かかった。


「……了解しました!」


 フリッツは踵を鳴らし、胸の前で拳を握る。重みのある盾と斧が、掌に現実として乗った。背負うものの重さも、同じく。

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