Ⅲ-8 謁見
「それで――わざわざニニオ王妃が、頭を下げに来たと?」
共和国宮城、謁見の間。ニニオは蔡嘴の前に膝を折っていた。
外注――補給路たる街道の拡張工事を共和国に請け負わせる策である。曲がりなりにも同盟国、正価を払うなら応じうる。
「身勝手な願いと承知の上でのお願いです。しかし魔王軍を食い止められねば、共和国にも必ず波が及びます」
「我を脅すか、ニニオ王妃」
圧が落ちる。剛皇帝の二つ名に偽りなし。屈強の騎士とて膝を折るだろう。だが、ニニオは怯まない。
「脅しなど。聡明なる蔡嘴殿なら、私が言わずともお分かりでしょう。――だからこそ、既に王都へ多くの手の者をお回しなのでは?」
「……喰えん女だ。ガーランドが琰の次に愛しただけはある」
蔡嘴はふっと笑い、威圧を解いた。
「買いかぶりですわ、陛下。私はただの病弱な女」
「何を言う。今からでも我が貰い受けたいくらいだ」
「ご冗談を。陛下と私では釣り合いが取れません」
「釣り合いなど――っと、失敬。今はその話ではなかったな」
丞相の冷たい視線に気づき、蔡嘴は姿勢を正す。
「請け負うのは吝かではない。だが無償はできぬ。今の王国に工費の支払い能力はあるまい?」
「仰る通り、王国は資金不足に陥る寸前です」
「その状態で、我が国に工事を依頼とな!」
脇に控えていた丞相が声を荒げる。
「黙れ、丞相。この女が策もなく単身で来るわけがなかろう」
蔡嘴は愉快げに目を細めた。
「して、王国は何を担保にする? 国土か、特産か? “魔王軍撃退の名誉”などというつまらぬ文言は御免だぞ」
どす黒い笑み。
ニニオはひとつ深く息を吐き、顔を上げる。
「我々を」
「なに?」
毅然と、蔡嘴を見据えた。
「我々、王国それ自体を担保と致します」
廷臣がざわめく。丞相が一歩出かけ――蔡嘴の手が静かに制した。
†
「よろしかったのでしょうか、陛下。あのニニオとか言う女の言う通りに、王国を支援するなど……」
丞相が溜息を吐く。結局、共和国は王国からの依頼を受けることになった。
「丞相、それはニニオを警戒しての物言いか?」
蔡嘴は上機嫌だ。ニニオが去ってなお、口元に笑みを残す。
「あの女は自国を売りに来たのですよ? しかも『自国を担保に』と。魔王軍に敗れれば王国は消え、取り立てる物も消える。実質、担保などあってないようなものでは?」
「そんなことは分かっておる」
「ならば何故!」
思わず声が荒くなる。
「あの豪龍卿の娘、予想よりも遥かに賢く、豪胆であった」
「……気に入られたのですね」
丞相は肩を落とす。蔡嘴は分かりやすい男だ。
「あれはいい女だ。共和国にこそ相応しい」
「はぁ……」
「ニニオは琰に並ぶ程に賢し。加えて豪龍卿譲りの豪胆と潔さがある。琰が才女ならば、ニニオは女傑だ。女にしておくのが勿体ない。いっそ王国など要らぬ、ニニオそのものを貰うのもアリだな」
ガハハと笑い、蔡嘴は自室へ戻った。
「出国までの間、監視は厳にしておけ。怪しい動きがあれば、お前たちの判断で行動してよい」
丞相の言葉に、ゆらりと現れた影が答える。
「御意」
共和国における『蛇』の類い。独自判断の許可――場合によっては殺も含む。
それほどに丞相はニニオを警戒していた。評価は蔡嘴と同じ――賢く、豪胆。ゆえに危うい。
同盟とはいえ他国。共和国はすべての隣国を仮想敵として備える。だから二重の監視をつける。
「陛下が傑物と呼ぶ女だ。病弱と聞いていたが、まさか我が国にまで来るとは……。病弱も虚言か?」
丞相は親指の爪を噛みながら歩く。機嫌が最悪の時の癖だ。部下は距離を取る。
「前王ガーランドとは良好だったが、アブトマットに取って代わってからは外交など形ばかり。そこへ実妹にして第一王妃のニニオが現れた……」
丞相は立ち止まった。
「おそらく、現状の王国で最も我らが警戒すべき相手はニニオだ」
†
「大丈夫でしたか?」
蔡嘴からあてがわれた客室に戻るなり、アナが出迎えた。
「何とか依頼は受けてくれる様です。良かった……」
「そうではありません。私が聞いているのは、ニニオ様ご自身のお身体です!」
アナはぷりぷりと怒る。
カルカノは護衛として蛇の精鋭を六名つけた。ニニオは過剰と感じたが、「これでも少ない」と言われた。蛇の外側には聖徒騎士団の一個中隊が固める。
「王国はいま、ニニオ様とカルカノ様、ウィンチェスター様でどうにか回っている状態。御身に何かあれば、王国が揺らぎます」
小柄で、芯が強い。ニニオは感心する。
「私には何の力もありませんよ、アナさん。この案もウィンチェスター殿の発案ですし、私が来たのも他の方々がお忙しいからで」
――この人は何を言っているのだろう。
いまのニニオは全権大使として来ている。判断を委ねられ、通すだけの身分と権がある。それを「何の力もない」と言う。
『無自覚の才能は、ときに暴力だ』――アナはそんな言葉を思い出した。
「ニニオ様、あえて多くは申しませんが、共和国はニニオ様を重要人物と定めたようです」
アナが耳打ちする。
「あら、なぜ?」
はんなりと笑う。
「この国に入った時点で我々には監視がついていました。謁見までは探る視線、いまは殺気も混じっています。下手に動けば、王国へ帰れなくなる恐れが」
「まあ。では早急に帰還しましょう。約束は取り付けましたし、成果は上々ですわね」
ニッコリと笑うニニオに、アナは安堵と同時に薄ら寒い震えを覚えた。
――この人物が逆賊側でなくて、どれほど幸運だったか。
「ニニオ様の仰る通りです。すぐに王都へ戻る支度を」
「御意に」
支度はすでに整っている。あとは二頭立ての馬車にニニオを乗せるだけ。
気丈に振る舞う彼女の体は、カルカノ処方の気付け薬で無理をきかせているに過ぎない。負担は小さくない。王国の頭脳の一人にここで倒れられては困る。
アナはニニオの体調と、共和国の諜報員の動きを注視しつつ、王国へ向けて出国した。




