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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 八九六大攻勢

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Ⅲ-7 密旨

 夜半。王宮の静養殿は、灯を絞っていた。

 白幕の奥で、シャルロット王太后は浅い呼吸を繰り返している。毒の眠りに沈んで久しい――が、その夜、ひとときだけ瞼が持ち上がった。


「……ニニオ殿下を……呼んで……」


 か細い声に、侍医が目を見開く。ほどなく、黒外套の女が身体を支えられながら静かに入ってきた。ニニオとカルカノである。


「シャルロット様……」


「私はもう長くはありません。時間が……ないのです」


 侍医と侍女が下がり、幕内に三人だけが残る。

 ニニオは跪き、手を取った。酷く冷たい。


「どうか、ご自愛を。戦は、まだ……」


「戦は、殿下に託します」


 シャルロットは乾いた唇を湿らせ、目だけで笑った。


「殿下と猊下にはご心配をお掛けしてばかりでした……。幾重にも壁を立てて頂いたのに、このような身体になってしまい……」


「愚兄を止められなかった私にも責任があります……」


「ニニオ殿下、私の全てを貴女に。本来ならば、貴女が持つべきものです」


 シャルロットは枕元の小匣を指さした。金糸で封じられた緋の組紐が二重に巻かれている。ニニオが解くと、中から白革の巻紙と、瑪瑙の印が現れた。


后璽こうじ……」


「后璽密旨です。猊下、読み上げてください」


 カルカノは巻紙を開く。筆致は乱れがちだが、文は明瞭だった。


§ 后璽密旨


王太后シャルロット、前王ガーランドが第一王妃ニニオを太后代行に補し、

太后の権を悉く委ねる。

右、秘して用いよ。


シャルロット・バーテルバーグ 【后璽】


§


 沈黙が落ちる。ニニオは静かに頭を垂れた。


「重すぎます」


「元は貴女のもの。権力は正しき場所に収まるべきです」


 王太后は細い指で、ニニオの額に触れた。


「殿下であれば私よりも王国をより良くしてくださる。玉座にお座りください、今の王国に必要なのは殿下です」


 ニニオは唇を噛み、やがて頷く。


「御意に……」


 王太后の呼気が浅くなる。幕外で侍医が気配を殺して待っている。


「最後に――」


「はい」


「貴方様ともっと色々お話したかった……。下女としてシグ家に入って以来、ずっと貴女様に憧れていました。ニニオ様は私にとっての勇者様なのです。勇者様、どうか王国を守って……」


 ニニオの眼が潤む。シャルロットの手から力がなくなっていく。


「シャルロット、まだ逝ってはダメ!きっとヴィルを連れ帰るわ!だから!」


 手が離れ、瞼が再び降りる。 

 か細い呼吸音が聞こえた。

 ニニオは后璽と密旨を匣に収め、組紐を結び直す。立ち上がりかけて、もう一度だけ深く頭を垂れた。

 幕を払って外に出ると、侍医が短く会釈した。


「今夜のこと、誰にも」


「仰せのままに」


 侍医がシャルロットの元へ行ったのを確認して、二人は静養殿を後にした。


「猊下、我が生命を賭けて、王国を守る所存です」


「……それは宣誓ギャサですか?」


  宣誓――自らに枷を課し対価に力を得る、いにしえの術である。


「はい。この場にて我が神オフルマズドに誓います。我が生命をもって、王国を守る」


 ニニオが跪く。

 カルカノは呪文を紡ぎ、ニニオの額に触れた。頬を一筋の涙が伝う――この女性は今、英雄になる道を選んだのだ。

 ニニオの身体が淡く光る。


「宣誓は受理されました」


 ニニオはひとりで立ち上がる。誰の支えも要らなかった。

 不自由だった身体は、余命を削る対価で自由を得たのだ。

 ニニオは闇へ紛れる。手の中の匣は、小さく、しかし世界より重かった。



「無断の先行ではありましたが、前線に先着したビュロー卿の働きで、いくぶん押し返している模様です」


 早朝、前線からの早馬の口上を元老院は黙して聴いた。

 ウェルロッドの越権を咎める声も上がったが、結果を聞けば賛意が勝つ。


「数日もすれば派遣軍本隊も到着します。南部の懸念は、ひとまず和らぐかと」


 ウィンチェスターの報せに、空気がわずかに緩む。

 ただし、硬い表情のままの者が二人――ニニオとカルカノ――は動かない。


「本隊が着こうとも、押し返す力は足りません。補給路の要、ゾーン城は逆賊アブトマットの実効支配下。場合によっては、なお前線を下げねばならぬやもしれません」


「仰る通りです」


 南部への補給は複数ある。が、最短かつ最大の幹は、ザウエルからゾーンを経てフェムへ抜ける線だ。

 ゾーンは反乱勢力が占拠、フェムは魔王軍支配下。残る道筋を総動員しても、現状維持で手一杯である。


「迂回路を新設しましょうか?」


「時間が掛かります、ニニオ様。現行の路を太らせるべきかと」


「いずれにせよ、人手が要ります……」


「資金も、です……」


 周囲では早くも談笑が戻りつつある。南部の脅威は去った、という空気。

 この二人だけが、次の手に集中している。――いっそニニオを長とする審議会を立て、元老院は解散したほうが早い、とウィンチェスターは内心で毒づいた。


「陛下、猊下、一つよろしいでしょうか」


「勿論です、ウィンチェスター殿」


「その整備、()()しては如何でしょう」


「外注……?」


 アブトマット討伐だ、王都復興だと喧しい場の片隅で、三人は補給線強化の段取りを詰め続けた。

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