Ⅲ-6 迎撃
「敵襲!」
その声は詰所内にも響き渡った。
ウェルロッドたちは城壁上へ駆け上がり、南を見る。遠見が叫ぶ。
「三千!二千五百!二千――!」
城壁の外、三千歩先に土煙が立ち、筋を太らせて迫ってくる。
「迎撃体制!大弩起動!弓兵は配置に就け!魔法兵は援護!」
てきぱきと指示を飛ばすウェルロッド。
ルインはザウエル城と周辺の拠点へ伝令を走らせた。
「気合を入れよ!これを凌げば、しばらく奴らも派手に動けなくなる!」
勘に近い励まし――だが、補給の綱は向こうも細い。押し込みどころだ。
さらにウェルロッドの声には雄叫びの加護が乗る。ジウ家直系の男児に備わる先天の力――兵たちは腹の底から胆力が湧くのを覚え、武器を握る手に力がこもった。
「フリッツ殿、ワシの盾を取っていただけるか?」
穏やかな声。
フリッツは壁際の丸盾を取って差し出す。
「こちらに」
「うむ」
受け取ったウェルロッドは、腰に佩いた長剣ではなく、地に刺していた手斧を握る。
丸盾は人ひとりを覆う大径――直径一メートル余。中把で握り、面で押し、縁で払うための重い盾だ。
「ビュロー卿?」
「そうか、フリッツ殿は初見であったか。ワシの家系を遡ると北方の蛮族に行き当たるのだ。故に、この盾と斧こそが我が家系の象徴」
そう言ってウェルロッドは大きく息を吸い込み、再び戦場全体に響き渡る雄叫び。
大弩の巨大な矢が空気を切り裂きながら敵前衛に襲いかかる。
ウェルロッドの雄叫びの効果なのか、フリッツはまったく恐怖していなかった。
「遠見!」
「千五百!千三百!千!」
「大弩、面制圧で牽制射!狙いは隊列の腹、八百で撃て!」
「了解、八百で撃つ!」
滑車が鳴き、綱が軋む。
「九百!八百!」
「撃て!」
唸りを上げる巨大矢が、前衛の上に突き刺さる。列が波打ち、土煙が崩れた。
「弓兵!構え!」
弓兵たちが矢を番え、引き絞る。
敵の戦列の中には三メートルを超える影も見える。
勝てる。
その感情だけが無限に沸き続けていた。
「三百! 二百五十!」
「放てぇ!」
矢雨が降り、矮鬼と狗鬼が倒れる。だが、足は止まらない。胸壁の陰で名もなき一人が喉を射抜かれて崩れ、転がった矢筒から矢が散った。獣脂の臭いが土埃に混じる。
「歩兵諸君!我々の出番だ!!」
ウェルロッドは丸盾を手斧でガンガンと叩き鳴らす。
「一匹残らず狩り尽くしてやれ!!」
鬨の声、金属の衝突音。
フリッツは槍で敵を受け流しながら、ウェルロッドから目を離せない。正に野獣。
丸盾は前腕固定ではなく中把――縁で相手の打突の角度を殺し、面で押し返す。間髪入れず左手の手斧が唸り、頭蓋、胸、腹、大腿と要を断っていく。粗野に見えて、動きは徹底して合理的だった。
「フリッツ!頭を下げろ!」
怒号と同時に身をかがめる。直前まで自分の頭があった空間を、黒光りする槍が風を裂いて通過した。
「魔法兵による矢避けはあるが、投槍までは防げん」
槍はウェルロッドに向けて投げられ、丸盾の縁打ちで逸らした先が、たまたまフリッツの位置だった。
「ここからが本番だぞ……」
ウェルロッドの視線の先に、ひときわ大きな影。
「食人鬼……」
鎧越しにも分かる筋骨の隆起。前衛の指揮官に違いない。
「狂戦士の如き動き、なれど至って冷静。貴様は邪魔だ」
流暢な耳長人語。
「食人鬼が我々の言葉を介するとは、意外だ」
ウェルロッドは斧に付いた黒い血を振り払い、低く言い放つ。
「食人鬼、貴様が指揮官だな。その首級、叩き落としてやる」
振り返り、ルインと目が合う。ルインが頷く――左右の兵が一歩退いた。
「来い、人間。喰い散らかしてやる」
両手剣のような奇妙な大剣が振り下ろされる。
丸盾の面で受け、すぐ二撃目。ウェルロッドは半歩引いていなす。
「ダメだ……」
フリッツの口を衝いて漏れた。
体格差による絶望的なリーチ。間を詰めれば、空いた左拳だけで人を殺せる。
「どうした、人間!」
オーガは左を添えて逆袈裟。丸盾でも殺し切れない速力と質量――ウェルロッドが吹き飛んだ。
「ビュロー卿!!」
「騒ぐな!」
すぐ立ち上がり、眉庇を跳ね上げて血を吐く。
「ワシを吹っ飛ばすとは、やはり凄いな」
「頑丈だな」
「ハハハ、頑丈さと獰猛さがジウ家の伝統故にな」
眉庇を下げ直し、丸盾を構える。
「一思いに殺してやる」
オーガが剣を振り上げ――
「射線、開け!」
ルインの合図。
ウェルロッドが半身だけ躱し、周囲の兵が左右へ跳ぶ。
「ガハッ!?」
巨大な矢が胸を貫いた。大弩だ。
機を見て射を通したルインが、弦煙の向こうに立っている。
「卑怯だのと吐かすでないぞ、これは戦争だ」
なお痙攣するオーガの脇をすり抜け、ウェルロッドは押し寄せる魔王軍へ。
雑兵を叩き伏せつつ前へ前へ。側面に回りかけた矮鬼の小隊が、指揮の黒醜人を失って立ち止まり、互いに押し合って崩れた。
「魔王軍との戦は、普通の戦とは違う。何が違うか分かるか、フリッツ!」
ウェルロッドの背を追いながら、フリッツは息を吐く。
「分かりません!」
「奴らは戦略は立てられるやもしれんが、戦術はからきし駄目なのだ!」
足元の土は血でぬかるむ。ウェルロッドは敵の槍を拾い、縁で押し退けて間を作るや投げた。
槍は下士官らしき黒醜人の胸を貫く。
「通常の戦では、この様な突出は厳禁だ。側面を突かれ、突出部の先端を切り取られて殲滅される。だが魔王軍の主力は知性の低い矮鬼と狗鬼。下士官の黒醜人も少ない。其奴らを先に潰してしまえば、統率を失った烏合の行進――退けるのは容易くなる」
「しかし、数が圧倒的です!ビュロー卿、前へ出過ぎではありませんか!?」
言い分は分かる。矮鬼はただ前へ出るだけだが、側面からの突き上げが全くないわけではない。いつか包まれる。
「我慢ならんのだ!」
ウェルロッドの声に怒りが満ちる。
「奴等が踏みしめているのは王国の地だ!奪われたのだ!たかが数メートルであろうと、今すぐに奪い返す!」
誇り高き王国貴族。王国のために怒り、王国のために血を流す。
私利私欲で権力を濫用した叔父とは対極――その背に焔が立つように見えた。
その怒りに当てられたのか、フリッツの内にも熱がせり上がる。身体の底から、溶岩のように赤くドロリとした高温の感情が満ちる。
激情に突き動かされながらも、頭のどこかは冷えている。目の前の敵をどう効率的に葬るか、それだけを考えはじめていた。
――『狂奔』。ウェルロッドの雄叫びの本質はそれである。戦闘にのみ特化した能力強化。
フリッツは、武家貴族の本来の姿をウェルロッドに見た。




