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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 八九六大攻勢

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Ⅲ-5 曲折

「貴方、兵士として戦うつもり?」


 城内で作業中、不意に声が落ちた。

 女の声だ。だが姿は見えない。


「……我々の諜報網は既に機能していない。私一人ではお前達に対抗できん」


 この女は――蛇。影には直感で分かった。


「ふ~ん、対抗する気はあるんだ」


「少なくとも、私の主はあの人だ」


「少なくとも、ね。……今夜、時間があるなら食事でもどうかしら?」


「はぁ?」


 影は手を止める。


「殺す気なんてないわ。現状、貴方がいてもいなくても、あの人は終わるから」


 そこまで言い切られると、むしろ清々しい。

 アブトマットは終わる――それは影にも分かっている。だが、主従の義がある。


「じゃ、宵の口に……」


 女は場所だけ告げ、気配を消した。


「引き抜き、か……」


 分かりやすく、そして大胆。影が死に体であることも、城内に易々と入れることも承知の上――末期だ。


 影は作業をやめ、アブトマットの部屋の前で足を止めた。


「閣下、よろしいでしょうか」


「構わん、入れ」


 返答はすぐだった。影は一礼して入る。


「……勝ち筋が見えん」


 アブトマットは憔悴していた。

 ゾーン到着の昂ぶりは消え、冷静さが戻ったのだろう。逆賊に指定され、討伐は時の問題。籠城しても援軍は望めず、備えも足りない。

 希望的観測で模擬戦を繰り返しても、結論は敗北。王国随一の軍才ゆえに見えてしまう。


「閣下、蛇から私に接触がありました」


「蛇?」


 アブトマットが顔を上げる。瞳は濁っていた。


「恐らく引き抜きです。城内への侵入も難なく」


「影はすでに死に体だ。城下にも多数潜んでいよう。――情報はダダ漏れか」


 重い沈黙。


「行け」


 そのひと言は低く響いた。


「え……?」


「蛇に行けと言っている」


「閣下……」


「貴様がいても、負けは揺るがん。ここで死なせるには惜しい。蛇もそう見ている。残った影も連れて行け」


 到着当初の彼とは別人のようだ、それほど事態は深い。


「父が作った部隊を腐らせ、私的運用を重ねたのは私だ。貴様も父には恩義があったろうが、私にはあるまい。気にせず行け」


 胸を抉られる。見透かされている。影はただ深く頭を下げた。


「影。――いや、デリンジャー・ハイスタンダード。今までよく仕えてくれた。名を返し、その任を解く」


 自分ですら忘れていた真名。

 その響きに、遅れて悔恨がこみ上げる。なぜ、ここまで暴走を止められなかったのか。だが、もう遅い。デリンジャーは退室した。



「来た来た!」


 指定の店先。小柄な女が手を振る。隣には無表情の男。

 この二人が蛇か。デリンジャーは気を引き締める。


「とりあえずお腹空いたし、中へ!」


 女は無邪気だが、男の視線は刃のように鋭く、出入口と裏口を交互に測っていた。三人は卓につく。


 ほどなく店員が陶のジョッキを三つ載せた木盆を運んでくる。黄金色のエールが縁で細かく泡立っている。

 女は無言で、デリンジャーの前のジョッキと自分のジョッキを入れ替え、入れ替えた方を先にひと口含んだ――毒見だ。泡が上唇に白い筋を作る。ひと呼吸置いてから、そのジョッキを彼の前へと戻す。


「さて、呼んだ理由は分かるね?」


 料理と追加の酒を頼むとすぐ、女は本題に入る。


「……引き抜きか?」


「まぁ、そんなところ。我々は才能のある人間を常に求めている」


「シグ家家臣団の離反が増えているのは、お前達の手並みだな」


「ご明察。不毛な戦いは避けたいから」


「不毛、か……」


 勝てないことは、もう分かっている。


「……もう辞めてきたんでしょ?」


 デリンジャーがジョッキに口をつけると、女は目だけで笑った。


「何もかもお見通しか」


「勝てるとは思っていなかったはず。それに、閣下の暴走を止めようとしていたのも知ってる」


「だが、止められなかった」


「相手は権力の権化みたいな人だもの。止められるはずがない。――よく頑張ったと思うわ」


 エールが、やけに苦い。


「閣下は今、我に返って頭を抱えている。だが、もうどうにもならんところまで来た」


「逆賊に指定された以上、命はないわ」


 刃を当ててくる物言い――癇に障るが、事実だ。


「前置きはもういい」


 無表情の男が口を開く。


「蛇に入るか否か。それだけを聞きたい」


「……」


 本音を言えば、もう何もしたくない。男はそれを見抜いたらしい。


「すぐに蛇として動けとは言わん。第一、元は敵だ。容易に信用はしない」


「当たり前だ」


「蛇に入るかは後で決めろ。まずはアブトマットから離れ、こちらの陣営へ来い。兵士の身分はすぐ用意できる」


「兵士?」


「当面は聖徒騎士団で働いてもらうつもり」


「前線が突破されたと聞く」


「ああ。シグ家の担当区画が抜かれた。つまり、そういうことだ」


「今は少しでも人手が要るの」


 デリンジャーは短く考え、頷いた。


「分かった。お前達に降ろう。ただ――」


「分かってる。貴方から情報を抜くつもりはないし、過去も詮索しない。猊下直属の部隊には、その暗黙の掟がある」


 女はジョッキを差し出す。


「私はアナ。こっちはクスシね」


「……アナコンダとクスシヘビか……」


「これからよろしく、デリンジャー。長い付き合いになると思うから」


 女はにっこり、男は無表情のまま。

 対照的な二人に、デリンジャーはわずかに笑い、ジョッキを合わせた。乾いた音が、小さく鳴った。

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― 新着の感想 ―
 最新話、拝読させていただきました。  アブトマット、かなり追い詰められていますね。この状況で影を手放すというのは、愚者の一得、ということなのでしょうか? この決断だけを見れば潔くも思えますが、ここ…
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