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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 八九六大攻勢

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Ⅲ-4 多難

「これは……」


 ウェルロッドは最前線に着くなり、思わず息をのんだ。

 倉には空の矢筒が転がり、塩樽は割れて白い粉を床にこぼしている。槍の穂は欠け、包帯は細切れ。何もかもが足りない――物も、人も。

 原因はひとえにゾーン城にあった。南部戦線の計画では、前線司令であったフェムが抜かれた際、その機能はザウエル城へ移し、かわってザウエルが担っていた補給拠点の役割をゾーン城に移す手筈だった。だが、そのゾーン城はアブトマット率いる反政府組織に占拠され、拠点たり得ていない。結果、前線への兵站線は、いまや完全に麻痺している。


「補給が途絶えた前線は、血の通わなくなった肉体が腐れ落ちる様に、前線は機能不全に陥り、崩壊する……」


 いつぞやアブトマットが吐いた言葉を、フリッツはありありと思い出す。いま、そのとおりの光景が目の前にある。


「補給はどうなっておる!」


 詰所に入るなり、ウェルロッドが怒声を飛ばす。


「ビュロー卿!」


 中の者たちが一斉に敬礼した。


「敬礼は要らぬ。現状を詳しく!」


「はっ!」


 前線指揮を預かるのは平民上がりの騎士だという。貴族出の上官はことごとく戦死したらしい。

 戦える兵は減り、矢も槍も底を突きかけ、糧食も尽きる。兵たちの疲労はすでに限界を越えていた。


「とりあえず、我々が運んできた食糧を配ります」


 フリッツの申し出にウェルロッドはうなずく。フリッツは詰所を颯爽と出て、荷駄へ向かう。


「……彼は……?」


「モーゼル家のフリッツ殿だ」


「モーゼル!?」


 兵たちの目に、憎しみに近い怒りが灯る。


「落ち着け。彼はモーゼル家でただ一人、元老院側に付いた。たった五〇の手勢だけを率い、主であるアブトマットと袂を分かった。王国を思ってのことだ」


「しかし――モーゼル家を筆頭に、シグ家の家臣団の多くは前線の義務を放棄し、ゾーンを占拠しています! そのせいで補給が……」


「それ故に、私だけでもその義務を果たす為にここへ来ました」


 声の方を振り向くと、フリッツが麻袋を肩に担ぎ、凛と立っていた。


「この様な事態を招いたのは紛れもなく逆賊アブトマットであり、その暴走を止め得なかった我等家臣団にも責がある。だからこそ、私はこの前線に志願した。我等の()()()()()を果たす為に」


 言いながら、彼は現場指揮官たち一人ひとりに糧食を手渡していく。


「とはいえフリッツにとっては初陣だ。ワシの下で働いてもらう」


「至らぬところは多々ございましょうが、よろしくお願いします」


 配り終えたフリッツは深々と頭を下げた。

 通常ならあり得ぬ光景だ。最古三家の家臣団の筆頭たるモーゼル家の人間が、平民上がりの下級騎士に頭を下げている。反感の視線は次第に収まり、受け取った糧食に皆の目が落ちた。


「フリッツ殿、頭をお上げ下さい。これより我等はビュロー卿、並びにフリッツ殿の指揮下に入ります! 援軍、心より感謝致します」


 兵たちは二人に敬礼する。ウェルロッドは口の端を上げて笑った。


「よし、まずは腹拵えだ!」


「はっ!」



 打ち合わせ(ブリーフィング)を終え、詰所を出たフリッツは、戦場には不釣り合いな小柄な影に目を留めた。

 十歳ほどか。大人用のブカブカな硬革鎧(ハードレザーアーマー)に埋もれている。


「君は……?」


 見上げた子の瞳は、光を失っていた。


「あー、その子はヘン――」


 背から来たウェルロッドが一瞬だけ言葉に詰まる。


「ヘンドリックと言ってな。先の王都大暴動に巻き込まれ、両親を失った孤児だ」


「ビュロー卿が保護なさったのですね」


「保護したのは猊下だ。だが教会の孤児院にも限界がある。で、今は私のもとで育てておる。元の家筋も良いらしく、賢い子だ」


「しかし、戦場に連れてくるのは……」


「この子はな、喋れなくなってしまっておるのだ」


「喋れ……」


 フリッツは目を見開き、少年を見つめ直した。


「そうか……辛い経験をしたのだな……」


「城に一人で残しておくより、連れてきた方が安心するのだ」


「……アブトマットの暴走を止められず、本当に申し訳なかった……」


 フリッツがそっと頭を撫でても、少年の表情は動かない。


「心を固く閉ざしておってな……。されど、命ある限り生きねばならん。ジウ家の養子にでも――と考えておるところだ」


「ヘンドリック、私はフリッツと申す。よろしくお頼み申す」


 フリッツがにっこり笑い、右手を差し出す。少年は彼の顔と手を見比べ、ゆっくりと握手を返した。



 ウェルロッドたちの増援は決して多くはない。それでも瀕死の前線はどうにか持ち直した。

 ザウエル城が前線司令部と補給拠点の双方を担う体制が回り始め、不十分ながらも物資が届くようになったのだ。前線は、ようやく維持の線に踏み止まる。


「裏を返せば、押し返す力は無いということだな……」


 ウェルロッドが小さく溜息をつく。


「更に言えば、何処かを強襲されて抜かれた場合、また前線が下がる可能性が高い」


 地図を覗き込んだまま、ルインが言った。


「全くだ。こちらには前線を押し上げるだけの打撃力がない。対して、魔王軍にはまだ余力があると見てよい」


「そうなのですか?」


 フリッツが問うと、ウェルロッドは頷く。


「攻め方が緩い。もし本当に前線を上げたいのならな」


「卿と同意見です。近々、攻勢に出てくる筈……」


「つまり、その攻勢のため、今は前線での消耗を抑えている……」


「人間相手なら、強襲の目論見は露見せぬよう装うのが常だが」


「何か、嫌な予感が……」


「ワシもだ」


 二人は顔を見合わせた。


「まずはザウエルに情報を上げろ。左右の拠点指揮官にも優先して共有――とはいえ、皆、気付いておろうがな」


「恐らくは。ザウエルへの報告は早馬で。矢や槍の補給も上進しろ」


「はっ!」


 伝令が駆け出してゆく。


「私の方でも、情報を集めてみます」


 ルインが言う。


「うむ。魔王軍の内情は欲しいところだ。その辺りはルイン殿に一任する」


「時間は掛かるやもしれませんが、無いよりは良いでしょう」


 その口ぶりから、蛇が動いているとウェルロッドは悟った。

 ジウ家はもとより政の中枢にもいた最上級の家柄である。蛇の存在は知っている。カルカノが解体したという噂には驚いたが、いまはアブトマットを欺くための仮面であったと理解した。


「――中央は、やはり恐ろしい……」


 ウェルロッドがぽつりと呟く。


「はい?」


 ルインが首を傾げると、ウェルロッドはガハハと笑った。


「全く、中央政治に縁のない辺境へ飛ばされて良かったと、つくづく思うだけだ」


「はぁ……?」


 欺きや偽装――そうした謀略はウェルロッドの趣味ではない。

 辺境で、領民がのんびりと平和に暮らす光景を眺めているのが、一番性に合う――彼はあらためてそう思った。

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ハイファンタジー 戦記 シリアス 王族 貴族 内政 陰謀 魔王 男主人公 群像劇 幼馴染 成り上がり 策謀 裏切り 教会 騎士団
― 新着の感想 ―
 最新話、拝読させていただきました。  フリッツさん、とても苦しい立場ですね。その中でも卑屈にならず堂々として、しかし慎みを忘れずにいるのはとても立派だと思います。  しかし、最悪は回避出来たものの…
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