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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 八九六大攻勢

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Ⅲ-2 使者

 エンフィールドは走っていた。呼び出しは突然だった。主人ピダーセンから「至急、謁見の間へ」。理由は記されていない。石の廊を抜け、扉の前で一度だけ息を整える。


「エンフィールドです!」


 内側で閂が外れる。


「来たか。入れ」


 扉が開く。主のほか、総板金鎧フルプレートアーマーに身を固めた騎士が立っていた。青い外套マントに捌神正教の紋章。継ぎ目に油が行き届き、鋼はほとんど鳴らない。礼は丁重だが、その目は検分の目だ。視線は壁の家紋、佩剣の飾緒、卓上の印璽へ順に滑る。礼儀の皮を被った点検だと、エンフィールドは悟った。


「聖徒騎士……」


「いかにも。聖徒騎士団第二師団、第三通信大隊長ヴェルナー・ハインツェルです」


「私、ピダーセン様に仕える小姓ペイジ、エンフィールド・アーモリーです」


 深く礼を取る。小姓に過ぎない自分へ、騎士が過剰に丁寧なのが気になった。聖徒騎士は一代限りとはいえ騎士爵の勲功爵。平民に礼を尽くす義務はないはずだ。ヴェルナーは目だけでこちらを測り、次いで短くピダーセンの顔色をうかがってから口を開く。


「いくつか尋ねても良いだろうか」


「はい」


「歳は」


「今年で二十一です」


「数えで」


「いえ、満です」


「親の素性は不詳、と聞いている」


「はい。幼い頃にピダーセン様に拾われました」


「剣の心得は」


「稽古は頂いておりますが、強くはありません」


「では、手合わせを」


「……はい?」


 ピダーセンが笑って手を叩いた。


「ここでやるといい。おい、木剣を持て」


 侍従長が木剣を二本運ぶ。床に滑り止めの敷物。準備が整い、向き合って距離を取り、礼。


「本気で来なさい」


「しかし私は——」


「では、こちらから」


 言葉より速く、一歩で間が詰まる。総板金鎧とは思えぬ踏み込み。振り下ろしを辛うじて受け、掌が痺れる。払い、突き、袈裟に裂く。守るだけで手一杯だ。


「なかなかやる」


「儂が稽古を付けておる。多少は出来る」


「なるほど」


 ヴェルナーはいったん下がる。


「今度はあなたから三合。型は問わない」


 大きく吐いて吸う。踏み込んで振り下ろす。軽く払われ、空を切る。振り抜きの勢いを殺して横に薙ぐ。これも払われ、空を切った。勢いのまま身体を回し、喉へ突きを伸ばす。瞬間、柄を弾かれ、木剣が床を転がった。


「……最後のは悪くない」


 ヴェルナーは木剣を収め、再び礼。


「ここからはアーモリー卿と二人にして頂けますか」


「うむ。皆、下がれ」


 合図で侍従たちが下がり、エンフィールドも退室する。扉が閉まる直前、ヴェルナーが封蝋の書状包みを卓に置くのが見えた。


 廊に出ると、侍従長が小声で言う。


「深く考えるな。今のは目利きだ。気に病むな」


 ヴェルナーに歯が立たなかったことは気にならない。相手は現役の聖徒騎士、自分は戦場経験のない小姓だ。勝てるはずがない。エンフィールドが気になっているのは手合わせではない。先日ピダーセンが話していた王都の騒ぎ——今回の使者も、その延長だ。少なくともエンフィールドはそう考えていた。


 扉の向こうで低い声が往復する。「動員割当」「門の記録」「寝返りの摘発は慎重に」——断片が耳に入った。やがて呼び鈴が鳴り、侍従長が扉を開ける。


「エンフィールド、戻れ」


 卓上には地図。城門、街道、狼煙塔の位置に小石。封蝋は割れ、書面が重ねられている。ヴェルナーは文を整え、抑えた声で言った。


「書面の命は四件。第一、アーモリー卿の領から百五十の兵、六百の人足を動員。兵糧は一月分、自前の倉から。第二、狼煙塔の縄・薪・油を点検補充し、鐘の当番を切らさぬよう再徹底。第三、街道の確認および再整備。第四、門の記録を今夜より開始。出入りの名と時を残すこと。以上です」


「承知した」


 ピダーセンは即答し、印を押した控えを侍従長へ渡す。ヴェルナーはもう一通の封書を持ち上げた。


「こちらは口頭で。——『大将軍アブトマットは国王を連れ逃走中。臨時王国審議会はアブトマットを国賊に指定。諸侯・民の一部に同調の動きがあり、王都は火種を不用意に広げないため、各領主に“受け入れ禁止”の徹底と入出記録の厳格化を求める』」


 言い終えると、ピダーセンが小さく息を吐いた。


「アブトマットは南下したのであろう。ゾーンを目指したと見ていい。王都から見れば我が領は方向違いだが、入ってくる者には警戒を強めよう」


「仰る通り、逆賊は既にゾーンに入ったものと見ています。アーモリー卿が与することはない、とも」


 ヴェルナーの声音が少し柔らいだ。


「お主らも大変よのう。そうやって釘を刺すために諸侯を回っておるのだろう?」


「これも王国のためです」


「して、お主はエンフィールドをどう見る?」


 その問いに、ヴェルナーの片眉がわずかに動く。


「私から申すことはありません。すべては王国が決めることです」


 ピダーセンは露骨に顔をしかめた。


「ヴェルナー、エンと手合わせした感想を聞いておるのだ。何と勘違いしておる」


「——そちらですか」


 噛み合わない会話に、エンフィールドはただ耳を傾ける。


「剣は並です。研鑽の時間があれば伸び代はある。ただ、長剣ロングソードは得手ではない。直槍スピアの経験は?」


「ピダーセン様から手ほどきを受けた程度しか……」


「これからは何が起きるか分かりません。槍術の鍛錬もしておいた方がよろしい」


「槍術か。一理ある。早速、明日から馬上槍術の鍛錬だな」


「馬上槍術!?」


「何を驚いておる。馬には乗れるであろう? あとは槍を振るうだけだ」


「アーモリー卿、それはさすがに簡単に言い過ぎです……」


 ピダーセンはガハハと豪快に笑った。

 しかし、ヴェルナーの顔を見たエンフィールドは違和感を覚えた。


「ヴェルナー殿……」


「何か」


「ヴェルナー殿の目的は何なのですか……?」


 その質問に、ピダーセンの目が一瞬だけ細くなる。

 ヴェルナーは笑みの角度を変えず、声だけを低くした。


「さて、それはどういった意味でしょうか」


 その笑顔に、どこか薄い影が差していた。

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