Ⅱ-31 動乱
【2節『王都大暴動』開始時の人物相関図】
「そろそろか……」
クーガー・ベルテルブルグは口元を歪めた。筋書きは整っている。あとは駒が動き出すだけだ。
「遂に、ね」
母ブレダが静かに応じる。
「まずは簒奪者を王都から追い出す――」
†
スプリングフィールド城の前には、怒声を上げる群衆が押し寄せていた。
「腹いっぱい食ってるのはお前らだけだ!」
「摂政を退けろ!」
「陛下を解放せよ!」
生活苦と不満が、ついに臨界へ達していた。
衛兵たちは必死に押し返すが、数では到底敵わない。
その頃、教会本部にいたカルカノは門を固く閉ざしていた。避難民を守るため、そして彼らをデモに加担させぬためだ。
参加すれば一生「危険分子」として監視され、やがて処刑される。アブトマットの下では、それが現実だった。
「猊下」
背後から響いた声に、カルカノは息を呑む。
「……アナ?」
「はい」
姿を現したのは、かつて蛇の全権を譲ったアナだった。
「門をさらに固めてください。破城槌でも破れぬように」
「……何か起きるのですね?」
「備蓄は?」
「少なくなってきました」
「補給は我らが運びます。――ベルテルブルグ家にご用心を。一時的ではありますが、玉座にお座り頂くことになるやもしれません」
それだけ告げ、彼女は影のように消えた。
カルカノは眉をひそめる。蛇は健在、そして影に悟らせることなく動いている。アブトマットに示した死体の山は、市民や粛清の犠牲者だった――蛇の者は誰一人殺していない。
自らもまた、その死に責を負うべきだと彼は思う。だからこそ、避難民を必ず守ると誓った。
「ルイン!」
すぐにルインが部屋へ入ってくる。
「アナが来たのですね」
「会いましたか?」
「はい。補給の話を聞きました。詳細は追って知らせると」
「本当に優しい娘です」
「猊下に命を救われたのは私だけではありません。アナもその一人ですから」
蛇は勿論、聖徒騎士団にもカルカノに拾われ命を永らえた者が多くいる。
政府内では蛇の長であった為に汚れ仕事担当という認識をされているが、この人は誰よりも国を想い、民の為に戦う御仁である。
これだけ多くの人々を救い、支え、もう一度歩かせた聖職者は王国史上他にいないだろう。
だからこそ、この人の為に命を張る事が出来るのだ。
「ルイン、城門の防御を強化しなさい。破城槌があるとの事です」
「破城槌!?……、騎士団全員を緊急招集します。猊下も戦準備を」
「避難している人々を地下へ移しなさい。籠城戦の準備です」
「御意に!」
カルカノは深く息を吐いた。糸を引くのはベルテルブルグ家。王都は内戦へと転がり落ちようとしていた。
†
「またか……」
城の上から群衆を見下ろし、アブトマットはうんざりと呟く。だが今日は数が違う。
一瞬、民衆の中で閃く光を見た。嫌な予感が走る。
「門を閉じろ!閂を補強しろ!」
「はっ!」
叫びが終わる前に、怒号が爆ぜた。群衆が衛兵を殴り倒し、瞬く間に押し潰す。
「第一種戦闘配置!」
城門は丸太と石で必死に固められていく。
剣を取ったアブトマットは呻いた。
「……これは戦争だ」
こうして、後に王国史に刻まれる唯一の暴動――
『王都大暴動』 が始まった。




