表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅱ 血塗られた剣 マンリヒャーの反乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/70

Ⅱ-29 凶兆

「陛下……」


 黒い甲冑をまとった食人鬼(オーガ)が、玉座の前で恭しく頭を垂れた。

 その上座に腰掛けているのは魔王である。


「何だ」


 吐き捨てるような声。

 現界して百年を超えるが、いまだに王国の城壁を越えられぬ現状に、魔王は退屈していた。

 王国の堅牢さは石の高さではない。驚異的な柔軟性と速さだ。

 魔王軍の兵力では一度に攻められるのは一、二か所が限界。しかし王国軍は数時間で援軍を送り込み、包囲して殲滅する。

 ここ数十年、戦線は動かず、不毛な消耗戦ばかり。大弩(バリスタ)投石機(カタパルト)に兵を削られ続け、魔王の興味は薄れていた。


「面白い話がございます」


 報告したのは、食人鬼の長。知略にも長け、魔術も扱えるため、戦場に消費するより参謀として仕えている。


「ほう。申してみよ」


()()()()()からの報せによれば……王都が荒れに荒れていると」


「王都が?」


「政治の中枢が麻痺する可能性もあるとか」


 魔王の瞳が僅かに光を帯びた。


「……よい。全兵力を洗い直せ。新兵訓練も短縮し、可能な限り兵を掻き集めよ」


「陛下、それは――」


「あぁ。久方ぶりに()()()を越える」



「……まるで地獄だ」


 王都の惨状を前に、カルカノは胸中で嘆息した。

 活気に満ちていた大通りには死体が転がり、民はこぞって捌神正教本部へ押し寄せる。祈りを捧げる者、助けを乞う者――。

 教会は巨大な避難所と化していた。


「猊下、どうされますか」


 聖徒騎士団長ルインが問う。


「暴漢を防げ。入口を堅固に固めよ。……食糧の備蓄は」


「ありますが、このままでは数週間で底をつきます」


「構わん。一個中隊を調達に出せ。決して強奪はするな、必ず買い取るように」


「御意」


 やがてカルカノは礼拝堂(ホール)に降り、避難してきた市民に声を掛けた。


「皆さん、大丈夫です。我らが命を懸けて、必ずお守りします」


 歓声が上がり、涙する者もいる。

 そこへ、一人の女性が大きな雑嚢を背負って駆け寄った。


「少ないですが……持ち出せる食糧を。どうかお使いください!」


 背から降ろされた袋の中には干し肉や乾パンが詰まっていた。


「こんなにも……。大変だったでしょうに」


「猊下だけが頼りです。少しでもお力になりたくて」


 その言葉にカルカノは深く頷いた。

 やがて他の避難者たちも、わずかな食糧を差し出し始める。

 量は些細でも、その心が胸を打った。――この人々は、まだ王都を諦めていない。

 何としても守らねばならない。


「猊下、表に兵士が……」


 駆け寄った騎士が耳打ちする。


「私に用があると?」


「はい。閣下がお呼びだとか」


 カルカノは息を吐いた。


「……警戒を厳に。整い次第、出向かいましょう」


 鉄柵越しに立つのは二十名ほどの兵士。総板金鎧(フルプレートアーマー)に身を固めている。


「これはこれは。王国軍の方々が教会に何用ですかな」


 カルカノが微笑むが、兜で覆われた兵の表情は読めない。緊張が張り詰める。


「カルカノ・ヴァン・ルーインバンク殿とお見受けする。間違いないか」


「ええ、私がカルカノです」


「城までご同行願いたい。閣下がお会いしたいと」


「私はすでに政から退いた身。一介の信徒に過ぎませぬ。閣下の御前など恐れ多い」


 すると、先頭の兵が兜を外し、跪いた。


「――お久しぶりです、猊下」


「……フリッツ殿!」


 それはザウエル城主ペッター・モーゼルの子、フリッツであった。


「覚えていていただき光栄です。父は今、閣下を補佐しております。ですが……治安は悪化するばかり。閣下は猊下のお力を求めておられるのです」


 信心深き少年は、そのまま真っ直ぐな青年に成長していた。


「……本当に閣下が直々に?」


「はい」


 カルカノはしばし沈黙し、やがて頷いた。


「分かりました。王城へ参りましょう」


 フリッツが顔を輝かせる。その隣でルインは険しい目を向けた。


「猊下……」


「大丈夫です。フリッツ殿が保証してくれる」


 その言葉にフリッツは胸を張る。


「この者たちは私の精鋭。必ずお守りします」


 しかしルインはフリッツの襟を掴み、顔を寄せて低く問う。


「――アブトマットが猊下に刃を向けたら、お前は斬れるのか」


 恫喝にも似た問い。だがフリッツは怯まず、目を逸らさず答えた。


「今の閣下は、もはや私が慕った大将軍ではない。もし猊下に剣を向けるなら、私は()を斬る」


 数瞬の沈黙。やがてルインは手を放ち、ぼそりと告げる。


「室内用の槍を使え。お前は槍の方が馴染んでいるだろう」


「……御忠告、感謝します」


 フリッツが微笑み、敬礼する。


「猊下に何かあれば、真っ先にお前を殺す」


「この命に代えても、お守りします」


 そうしてカルカノは鉄柵を抜け、フリッツらの護衛に囲まれながら城へと向かった。

 聖徒騎士団の敬礼が背に重く響く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー 戦記 シリアス 王族 貴族 内政 陰謀 魔王 男主人公 群像劇 幼馴染 成り上がり 策謀 裏切り 教会 騎士団
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ