Ⅱ-24 責任
包囲開始から三か月。プフの街は地獄と化していた。
蓄えは一か月で尽き、飢えに耐えかねた人々はネズミや昆虫を食い、やがて雑草や木の皮を剥いで口にした。
それすら尽きれば衣服や硬皮鎧を煮てすすり、最後には墓地を掘り返して骨を噛んだとさえ伝わる。
逃亡を試みれば、城門の外で討伐軍の矢が容赦なく降り注ぎ、その屍に群がって死肉を漁る者も現れた。
異様な光景に兵士の多くは心を病み、中には逆に笑い狂う者まで出る。
アブトマットは前衛・中衛・後衛の三組を二日ごとに交代させる措置を取ったが、兵の心労は癒やされなかった。
にもかかわらず、アブトマットは豪奢な宴を連日催した。
兵を労うつもりだったのだろう。だが、目の前の肉と葡萄酒は飢餓に喘ぐ街を思い起こさせ、宴席で嘔吐する者、発狂する者が続出した。
惨状は二か月も続き、プフ包囲戦は民衆から徹底的に糾弾されることとなった。
「早く終わらせるべきだった……」
審議会でウィンチェスターが漏らす。
「まったくです。政府への評価は戻りましたが、摂政殿個人への批判は日に日に増すばかり」
カルカノは重く答えた。
「プフ城は堅牢ですが、一か月もあれば落とせたはず。無傷で攻略し、見せしめにする――その欲が、逆に民の怒りを買ったのです」
「丞相殿の言う通り。今や摂政排斥の声が高まっております」
黙っていたヴィルが口を開いた。
「アブトマット殿を帰還させることは可能ですか?」
「国王令ならば可能です」
「では国王令を出します。停戦交渉を始めてください」
少年王の言葉に審議会は一瞬どよめいた。だが誰も反対はしなかった。
その日のうちに国王令が発布され、二日後、アブトマットの陣営に届く。
「即時停戦、討伐軍の撤退、聖徒騎士団による救助活動……か」
舌打ちしつつ、彼は従うほかなかった。これ以上続ければ「趣味で人民を苦しめる」と見なされかねない。
間もなく使者がプフ城へ赴き、停戦が告げられる。
指揮を執っていたベルガー・マンリヒャーは、自らの命と引き換えに市民と部下の保護を願い出、受け入れられた。
三日で討伐軍は完全撤退し、聖徒騎士団が大量の食糧と医療を携えて街に入った。
従軍した看護師の手記には「固形物を与えれば死ぬ。まずは具のないスープから」と苦心が綴られている。
それでも盗み食いを防ぐため、夜は再び城門を閉ざし、食糧は厳重に管理せねばならなかった。
街が元の姿を取り戻すのに、三年を要することになる。
やがて停戦交渉が始まり、ベルガーがすべての罪を一身に負うことで決着した。
残党の家臣団は爵位を剥奪され、有力諸侯の家臣団にばらばらに組み込まれる。
市民には罪は問われず、だが精神を病む者が一万人近くにのぼり、カルカノの采配で専用の療養施設が設立された。
後にこれらの施設は、王国精神医学の礎となる。
包囲戦終結から半年後、ベルガーは絞首刑に処された。
寛容な戦後処理によってヴィルの人気は高まり、人々は彼を『人情王』と呼び始めた。
だがその裏で――。
カルカノのもとに届いた報告は、元マンリヒャー家臣団が次々と不審死しているというものだった。
暴漢に襲われた、野生生物に噛み殺された……いずれも事故に偽装されていたが、カルカノには一目でわかった。
「摂政殿の影……」
ルインが吐き捨てる。
「国王が許した処分を踏みにじれば、自らの株を下げるだけだ。愚かにも程がある」
「口を慎みなさい、ルイン。刺客は貴方には通じぬが、法で絡め取られる可能性はある」
「御意……しかし、この稚拙な粛清は止まるのでしょうか」
「早く手を打たねばなりません。しかし、蛇を動かせば露骨な敵対行為になりましょう。審議会で釘を刺すしかないですね」
後に『王都大粛清』と呼ばれる政治不安の始まりは、極めて静かであった。