Ⅱ-22 呼出
ウェルロッドは王都にいた。
一度は領地ビュローへ戻ったが、再び呼び出されたのだ。呼び出したのは大僧正カルカノである。
「わしに何の用があるのか……」
腹を撫でながらため息をつく。
ジウ家は建国以来の名門だが、今は没落し、出費を惜しんで王都では歩きで移動している。
「ウェルロッド様、何かやらかされたのですか?」
従者が心配そうに問う。
完全に「また失態をした」と思い込んでいる。
「馬鹿を申すな。教会への寄付も欠かしたことはないし、日参しておる熱心な信徒じゃぞ」
「そうですね、暇すぎて毎日……」
「……其方は一言多い」
「正直なもので」
「謝る気がないじゃろ」
二人は軽口を叩きながら、捌神正教本部へと辿り着いた。
†
やがてカルカノの執務室。
当たり障りのない世辞のやり取りのあと、カルカノが重い声で切り出す。
「ビュロー卿、お願いがございます」
視線を受けた修道女が鍵を掛け、痩せこけた少年を伴って戻ってくる。
「この子は……!」
少年の顔を見たウェルロッドは、思わず椅子から転げ落ちそうになり、呆然と息を呑んだ。
一方、従者はぽかんとしている。
「まさか……」
「そのまさかです」
カルカノは指を口に当て、名を口にするなと示した。――ヘンリーであった。
「しかし……!」
ウェルロッドは言葉を失う。従者は焦ったように口を開いた。
「猊下!ウェルロッド様は無能です! こんな素性も分からぬ子供を匿わせるなど危険すぎます! 厄介事を背負うだけです!」
捲し立てる従者を、真っ赤になったウェルロッドが押さえつけた。
「無礼を言うな!御方を誰と心得るか!」
カルカノはそれを見て、柔らかく笑んだ。
「良き従者をお持ちですね、ビュロー卿」
「従者の無礼をお許しください……」
「いえ、主を守ろうとするが故の言葉。摂政に見せたいくらい、素晴らしい関係ではありませんか」
ウェルロッドは返す言葉を失い、従者も戸惑いながら黙り込んだ。
「だからこそ、卿に託したいのです」
カルカノの声は重く、逃れられない響きを帯びていた。
†
帰路の馬車。
ヘンリーと向かい合うウェルロッドは、涙を滲ませて深々と頭を下げた。
「ヘンリー様、これからしばらくは下男としてお扱いせねばなりません。不敬は承知の上。ですが御身の安全が確かなものとなるその日まで、どうかお許しください。晴れて自由を得られた暁には、私の首をお刎ねいただいて構いません。ただし――どうか領民や家臣には罪を及ぼさぬように……」
その肩に小さな手がそっと置かれた。
ヘンリーは首を横に振り、虚ろではなく、どこか温かさを宿した瞳でウェルロッドを見つめていた。