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王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅱ 血塗られた剣 マンリヒャーの反乱
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Ⅱ-20 断頭

 街の中心に組まれた処刑台。

 その周囲には黒山の人々が押し寄せ、取潰しとなったマンリヒャー家を今も慕う者たちがツェリスカを口汚く罵っていた。

 その怒号は広場を越えて街中に響き渡り、殺気は城壁すら震わせていた。


「……嫌な気配だ」


 先発隊として到着した一万の兵を束ねる司令官は、熱狂に沸くプフの街を見渡しながら低く呟いた。


「全兵士に通達。処刑の後、暴徒が襲いかかる恐れがある。警戒を厳にせよ」


「了解!」


 伝令が散っていく。

 中央政府は()()()と呼ぶが、実態は群衆の暴徒に等しい。

 理性を失い、死をも恐れぬ者は魔王軍の食人鬼(オーガ)より恐ろしい。

 もし三万とも言われる彼らが城門から雪崩れ出れば、一万の先発隊など瞬時に呑み込まれるだろう。

 司令官は祈った。あの地獄の門が開かぬように、と。



 ボロをまとい、木製の手枷に繋がれたツェリスカは、虚ろな瞳で足元だけを見つめていた。

 衛兵たちは彼女を辱める言葉を投げつけ、嘲笑しながら乱暴に引き立てていく。

 かつて第一王妃と呼ばれた女に向けられるのは、敬意ではなく下卑た欲望と憎悪だけだった。


 だが、ツェリスカの耳には罵声も嘲笑も届いていなかった。

 心にあるのは、ただ一つ――ヘンリーの安否。

 生きているのか、食べているのか。

 それだけを思い続け、すべての屈辱から目を逸らしていた。



 やがて、処刑台の上。

 ステアが立ち、その隣には義弟ベルガーが満面の笑みを浮かべていた。


 裸同然にされ、群衆から卵や残飯、果ては汚物を浴びせられながら、ツェリスカは五百メートルの道のりを歩かされてきた。

 王国でも最も高貴な地位にいた女の、あまりに惨めな姿。


「いい気味だ」


 ベルガーは嘲笑する。群衆は罵声を浴びせ続ける。


 やがてツェリスカは処刑台に跪かされる。


「ツェリスカ・バーテルバーグ!いや、ツェリスカ・ファイファー!いや、ただのツェリスカか!」


 ベルガーの声が広場を揺らす。

 「死ね!」「売女!」の叫びが幾千と重なり、「殺せ!」の合唱へと収束していく。


 ツェリスカの瞳はなお虚ろで、黒ずんだ断頭台さえ映さない。


「ツェリスカ」


 ステアが歩み寄り、扇でその頬を打った。歓声が沸き起こる。

 赤く腫れた頬から血が滲む。だが観衆に届かぬ小声で、ステアは告げた。


「ヘンリーは猊下が保護しました。安心なさい」


 その言葉にツェリスカの瞳に光が戻る。

 涙が次々と溢れ、必死に唇を噛みしめる。

 ステアは静かに頷き、背を向けた。


「マンリヒャー家に仇なした罪、ここで償いなさい」


 吐き捨てるように言い残し、扇を投げ捨てる。


 衛兵に押さえつけられ、ツェリスカは断頭台に伏せられた。

 涙は止まらない。だがそれは恐怖の涙ではない。

 ヘンリーが生きている――その安堵の涙だった。


「今さら泣いても無駄だ!」


 ベルガーの笑い声にかき消されながら、ツェリスカは目を閉じた。

 王政歴八九四年、プフの広場にてツェリスカは見せしめとして処刑された。

 斬り落とされた首は三日にわたり群衆に蹴り回され、最後には粉々になったと伝えられる。


 だが、先発隊司令官が恐れた暴徒の攻撃は起きなかった。

 異様な熱狂に支配されたプフは、その後一週間を祭りのように過ごした――。

 『マンリヒャーの反乱』、プフ城包囲戦は、まさに人間の狂気そのものによって幕を開けたのである。

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