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Ⅱ-10 皇帝

「新国王は庶子だと……?」


 蔡嘴(ツァイズィ)は重々しい声で呟き、立派な髭を撫でた。王国の西隣、広大な領土を誇る共和制国家の元首でありながら、「剛皇帝(ガンファンディ)」と畏れ敬われるその男は、齢六十に迫ってなお、眼光鋭く、覇気に満ちていた。


 本来は大統領と呼ばれるはずの立場にありながら、かつてこの地を治めた大帝に比すべき器を持つ蔡嘴は、国民から自然と「皇帝」と呼ばれていた。苛烈でありながら慈愛深く、長年にわたり民の尊敬を一身に集めてきた。


「左様です、陛下(ビーシァ)。母親は、かつて王宮に仕えていた女給だとか……」


 報告したのは側近の丞相である。


「ふむ……王国も地に堕ちたものだ。内政の様子は?」


 蔡嘴の最大の関心は、王国が今まで通り魔王軍を食い止められるかどうかにあった。


 広大な共和国は、地理的条件に恵まれていた。南東の険しい山脈と密林が自然の防壁となり、魔王軍は侵攻の術を持たない。そのかわり、王国が崩れれば、唯一開けた交易路を通じて魔王軍が流れ込んでくる。王国の安定こそが、共和国の平和の前提条件だった。


「ガーランド王の崩御後、大将軍アブトマットが政権を掌握しておりますが、王都を含む各都市では治安の悪化が目立ちます」


「……治安の悪化か。アブトマット、やはり器ではないな。若き新王では操られるのも無理はない……王国もいよいよか」


「魔王軍への備えとして、軍の再編をお考えいただければ」


「うむ、その件はお前に一任する。だが、我は一度、王国へ行こうと思う」


「……は?」


 丞相は目を丸くした。先ほど王国の混乱を報告したばかりである。


「そんなに驚くことはない。護衛はもちろん付ける」


「いえ、そういう問題では……!なぜ陛下ご自身が、あの状況の王国へ……」


「新たな王が即位したのだ。隣国として、本来なら戴冠式に参列するのが礼儀。たとえ参列せずとも、特使や親書を送るのが常識というものだろう」


「……それは、仰る通りですが……」


「言い訳としては、急逝した前王と国内の動揺を考慮して控えていた、とでも言えばよい。だが、このままでは済まされん。私が出向けば誰も文句は言うまい」


 蔡嘴の言葉には一分の理があった。王国側の不満を最小限に抑え、同時に内情を見定める機会にもなる。


「……しかし、アブトマットが相手では」


「うむ、厄介な男だ」


 蔡嘴は胸中に去来する一人の娘の名を思い出した。(イェン)。もし生きていれば、王ガーランドの第一王妃となっていたはずの娘。公式には病死とされたが、真実は暗殺だったと蔡嘴は睨んでいる。そして、その黒幕がアブトマットであると強く疑っている。


 蔡嘴が初めてガーランドと対面したのは、自身がまだ二十歳の頃。少年王には他にない強い光が宿っていた。王国の未来に確信を抱いた蔡嘴は、自らが元首となった後、王国との同盟を強化しようと琰を嫁がせようと考えていた。


 その計画は頓挫し、関係は交易上の利害にとどまるに至った。そしてつい先日、ガーランドは急死し、アブトマットが権力を握るに至る。娘を奪われ、王国は堕ちた。蔡嘴の直感は、もはや確信に変わっていた。


(アブトマットは王国にとって、ひいては人類にとっても脅威だ)


 共和国として、いざという時には軍を動かす覚悟を固めなければならない。だが、その判断を下す前に、まずは自らの目で確かめる必要がある。新王の素質、アブトマットの本質、そして――他に接触すべき人物がいる。


 蔡嘴は王都に間者も送り込んでいたが、書状や報告では掴めぬ「空気」がある。肌で感じるために、彼は旅立ちを決意した。


「陛下、私もお供致します」


 丞相が頭を垂れる。


「ならん。お前は私の不在中、内政すべてを一任する。王国が万一陥落した場合に備え、魔王軍の侵攻経路、地形の分析、全軍の配置と装備の確認と補強を進めておけ」


「し、しかし!」


「万が一、私に何かあった時のため、次期元首には(ヨン)を指名する。勅旨にも記す。それに従え」


 蔡嘴の言葉に、丞相は涙ぐみながら深々と頭を下げた。


 だが、蔡嘴には死ぬつもりなど毛頭ない。

 これは準備であり、備えだ。


 自らの足で見極める。それが剛皇帝のやり方である。


 蔡嘴は、王都行きの支度を急がせた。

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