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Ⅰ-27 握手

「猊下、大将軍がお会いしたいと申しております」


 各地の教会や病院施設から送られてきた書類に目を通しているカルカノに、ルインが話し掛けた。

 大僧正も暇ではない。

 むしろ、世界各地の教会から上がってくる書類だけにとどまらず、各地に潜伏している蛇からの報告書にも目を通す必要がある。

 すべてに目を通すわけではないが、部下たちが要点をまとめたものだけでも相当な量になる。

 常人であれば、目を通すだけでも気が狂う。

 しかし、カルカノはそれらをすべて頭に入れている。並みの記憶力ではない。

 そんな重要な作業中に声を掛けることは、普段のルインであれば絶対にあり得ないことだった。

 だが、アブトマットはすでにここへ向かっている。無下に断るわけにもいかなかったのだ。


「そろそろいらっしゃると思っていました。小会議室の準備を。それと、あなたも同席しなさい」


「私がですか?」


「蛇の長であるアナが不在です。代理で、ルイン、あなたが同席しなさい」


「承知しました。しかし、アナを同席させるつもりだったのですか?」


「ええ。今なお、大将軍の影と蛇は一部で争っています。その件についての話もあるはずですからね」


 カルカノはどこか嬉しそうだった。

 彼から見れば、蛇と影が対立していることは王国にとって不利益しかないと考えている。

 今回のガーランド死亡、世に言う『フェム事件』の首謀者は、恐らくアブトマットであるとカルカノは睨んでいる。

 フェムのような前線から数十キロも離れた場所に、報告にあったような百を超える魔王軍が侵入できるはずがないのだ。

 となれば、手引きした者がいる。

 それ以前に、その暗黒種族は本当に魔王軍だったのだろうか。

 とはいえ、今はそのことを追及すべきではないと判断している。

 急に国王を失ったのだ。アブトマットの陰謀だとしても、大将軍まで失えば国政が立ち行かなくなる。

 ガーランドの即位前であれば、大僧正であるカルカノにも政治的な権力が与えられていたため、次代の王が即位するまでの政治空白を彼自身が埋めることもできた。

 しかし、今は違う。

 ガーランドが行った改革は、人々の政治への認識を変えた。

 今、カルカノが政治の主導権を握れば、国民から反発を受けるのは確実だ。

 それだけ、ガーランドは国民の常識を塗り替えてしまったのだ。

 南部に魔王軍との戦線を抱えた状態では、国内の混乱は何としても避けなければならない。

 ガーランド殺害の真犯人がアブトマットであるとしても、事を荒立てては国が危うくなるだけだ。

 情報は握り潰せる。偽りを真実だと信じさせることも、カルカノにはできる。

 今は穏便に事を進めたい。魔王軍に不審な動きがあるという報告も上がってきている。

 今、蛇と影が争うことは最も避けるべきなのだ。

 それを、相手のほうから話をしに来てくれる。好都合というものだ。


「そううまくいくとは思えません、猊下」


「どちらにしろ、大将軍の勢力との衝突は得策ではありませんよ」


 カルカノはルインを諫めながら、小会議室へと向かった。



 小会議室へ通されたアブトマットと影は、無言のままカルカノを待っていた。

 しばらくして扉が開く。アブトマットと影が立ち上がる。


「お待たせしてしまい申し訳ございません、閣下」


「いえ、突然の申し出をしたのは私のほう。わざわざ時間を作っていただき感謝します」


「私も閣下とは今後のお話をするべきだと思っていたところでした」


 カルカノに促され、全員が椅子に座った。


「まず、こちらは私の部下で、あなた方が影と呼ぶ部隊の隊長をしています」


 さすがのカルカノも面食らった。

 影の長だと、わざわざ紹介するとは思っていなかったのだ。


「今回は、私へ集まるはずだった批判の矛先を()第一王妃にすり替えていただき、大変助かりました。心から感謝しております」


 飄々と続けるアブトマット。

 批判の対象をアブトマットからツェリスカへすり替えるのは、カルカノからの提案だった。

 王国軍にはアブトマットの存在が欠かせない。

 もし彼を糾弾しても、王国軍をまともに動かせる者はいない。

 現状、替えの効かないアブトマットよりも、替えの効く王妃を槍玉に挙げることで、国政の混乱を防いだのだ。

 アブトマットにとっては、願ったり叶ったりだった。

 そのおかげで、現状の主導権を握ることができている。


「私が重視するのは王国と民の平和です。今、閣下を失えば前線は容易に後退すると考えた故のこと。感謝しているのは私のほうです。ただ……」


「国民の怒りの大きさが予想外でしたね……」


「その通りです。このままではアルメを処刑しただけでは収まらない可能性が高い」


「閣下もそう思っておられるのですね」


 ガーランドは国民からの支持も高かった。

 しかし、夫婦仲が悪いという噂が一般にも知られてしまっていたため、ツェリスカはもともと国民から嫌われていた。


 国民のツェリスカに対する負の感情は、カルカノやアブトマットの想像以上だった。

 ガーランドが故人になったのも大きい。

 「死なば聖人」などと言われるが、まさにそれだった。


「当面、ツェリスカ殿には軟禁生活を送っていただくことになるでしょう。ほとぼりが冷めた後、解放することになりましょう」


「それ以外ありますまい。私の城で使用人として余生を送ってもらうように進めているところではありますが……」


「私のほうで、修道会への受け入れも可能です。それについてはご本人に判断いただくのがよろしいかと」


 シグ家の使用人よりも修道会のほうが良さそうだとアブトマットも思った。

 はっきり言って、今までは貴族の娘として勝手気ままに生きてきたツェリスカが、使用人の仕事に耐えられるとは思えない。

 それよりも、戒律に縛られ、まともに外出もできない修道会のほうが、ツェリスカ自身にとっても良いかもしれない。

 あんな女の面倒をシグ家で見なくて済むのは、アブトマットにとっても個人的に助かる。


「それよりも重要なことがあるのではありませんか?」


 ルインが苛立った様子でぶっきらぼうに言った。

 あまりにもルインらしくないその姿に、アブトマットは頬を緩めた。


「らしくないな、ルイン」


「私は無駄が嫌いなだけです」


「無駄と余裕を混同してはならんぞ」


「これ以上時間を無為に消費するのであれば、私は退室させていただきます」


「まあ、待ちなさいルイン。いきなり本題に入るのも無礼というものだ」


 カルカノに言われ、一度は立ち上がったルインだったが、渋々と腰を下ろした。


「私のほうから申してよろしいですかな?」


「もちろん」


「先程も申した通り、私が重視するのは国と民。国政が安定するまでは、閣下の虎の子である影には手を出さないとお約束いたします」


「それは願ってもない。我々も、猊下の蛇相手ではそのうち全滅しますからな。ここは包括的な協力関係に」


「うむ」


 カルカノとアブトマットが歩み寄り、がっちりと握手を交わした。

 互いの瞳の奥を覗き込み合いながらの、言い知れぬ緊迫感を放つ握手だった。


「すべては王国のために」


「いかにも、すべては王国のために」

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