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Ⅰ-14 備策

 アブトマットが進めていた南部視察の行軍計画が、大枠を成した。

 王国軍の中枢を担う大将軍自らが主導し、随行する諸部隊の編成、行軍速度、宿泊地の確保、補給と護衛に至るまで、全体の枠組みは整えられた。

 その仕上げとして、王の護衛責任を担う二人の将が、軍部私邸の応接室に招かれていた。

 一人は、国王近衛隊(キングズシールド)の長、フランキ・ヴァン・ガイルース。

 もう一人は、聖徒騎士団の団長、ルイン・ウエスト。

 いずれも直属の王命を受ける立場にあり、王の生命と威信を守る責を負っている。


「……とりあえずの骨子案だ。目を通して、気になるところがあれば言ってくれ」


 アブトマットが卓上に差し出したのは、十数枚にまとめられた行軍計画書の写しだった。

 フランキとルインは無言で手を伸ばし、素早くページをめくっていく。


「閣下、一つよろしいか?」


 先に口を開いたのはフランキだった。

 短く刈り込まれた顎髭を指でなぞりながら、渋い顔をする。


「概ね問題はありませんが……護衛兵の数が、いささか多過ぎやしませんか?」


「私も同意見です」


 ルインが頷く。


「陛下の周囲を固めるという目的であっても、あまりに数が多いと導線が乱れ、逆に隙を生じます」


 二人の発言に、アブトマットは静かに頷いた。

 フランキとルイン。

 戦場では対照的な指揮官だが、意外に相性は良いと、彼は常々感じていた。

 フランキは感覚型の戦士だ。

 数多の戦場を勘と本能で生き抜いてきた。地図よりも風向き、布陣よりも敵の目を見る。

 一方のルインは理論型。

 兵の数、距離、配置――すべてを計算し、戦術で捌く。

 だが、この二人には共通点がある。

 どちらも経験の裏打ちがあること。

 勘も理論も、実地を経て磨かれたものだということだ。

 ――この二人が口を揃えるのなら、それは確かに考慮すべき内容である。


「そう言うと思っていた。だが、これは致し方ない事情がある」


 アブトマットは椅子にもたれながら、軽く手を広げた。


「当初は、近衛隊と中央軍の精鋭のみで構成する予定だった。そこへ聖徒騎士団の参加が追加され、さらに心配性な中央貴族どもが、護衛の名目で部隊を送り込んできた」


「ガハハハ! 陛下は広く慕われておりますからな!」


 フランキが豪快に笑う。


「聖徒騎士団としても、国王陛下に万が一のことがあっては困りますので」


 ルインの声は柔らかかったが、その眼差しは一閃の光を宿していた。

 アブトマットはその意図を読み取ったが、あえて気づかぬふりをして、淡々と説明を続ける。


「兵数が多すぎるため、南部へは騎兵に限定して随行させる。政務に長く穴を空ける訳にもいかぬしな。志願者をすべて受け入れていたら、隊列が伸び切って、最後尾が出発するまでに一週間は掛かる」


「確かに……では、日程としては片道五日?」


「そうなる。途中の野営も避けるつもりだ。陛下に()()()()()が向けられている現状を鑑みて、滞在地はすべて城とする」


「正しいご判断かと。となれば、問題は護衛の配置と交代の手順ですな」


 ルインが項目ごとにメモを取りながら頷いた。


「この人数では、交代ひとつにも調整が必要になります」


「骨子にも記した通り、護衛は陛下を中心に同心円状に展開させる。各層ごとに役割を分け、交代時間も被らぬように」


「その方式ならば、万一の突破にも反応しやすいでしょうな」


 フランキが唸るように言った。


「陛下がお休みになられる際の護衛体制は?」


「各宿泊予定の城から、最新の見取り図を取り寄せている。古い図面と一致しない例が複数あったためな。構造を把握してから最終調整をする」


「では、図面が届き次第、部隊構成に反映させましょう」


「うむ、何かあれば遠慮なく言え」


 これで一通りの話は終わった。

 とはいえ、これはあくまで初回の擦り合わせに過ぎない。

 この骨子案を元に、それぞれが独自に精査し、再び持ち寄って再調整する。

 三度ほど繰り返せば、あとは現地の地形に応じた微調整だけで済むはずだ。

 現在の王国体制は、見かけこそ専制政治だが、実際には能力主義の超合理主義によって運営されている。

 この政治機構を構築したのは他ならぬガーランドであり、彼の即位以来、平民であっても優秀であれば騎士勲を授けて政に引き入れられるようになった。


「……感謝する者も多いが、疎む者もまた多い」


 誰もいなくなった応接室で、アブトマットがぽつりと呟いた。

 ガーランドには熱狂的な支持者と、病的な嫌悪者の両方が存在する。

 それをアブトマットは馬鹿共と一蹴していたが――無視できる存在ではない。

 だが、自分の役割は感情論に付き合うことではない。

 面倒事を事前に潰し、王が視察を無事に終えること。それだけだ。

 アブトマットは席を立ち、自室へ戻る途中で、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


「……状況は?」


「蛇以外は、どうにかなりそうです」


 どこからともなく声が返る。

 それは彼の直属の“影”――名も無き諜報員の一人。


「やはり蛇は優秀か。かち合う場合は殺して構わん。奴らに遅れを取るな」


「了解しました」


 今や王宮内では、王暗殺の噂を巡って四つの諜報組織が動いている。

 そのうち“蛇”――カルカノの情報網は特に規模が大きく、深い。

 従来、アブトマットは蛇と敵対せぬよう配慮してきた。

 だがこの件ばかりは、情報の遅れが命取りになる。

 それは大将軍としての責任であり、そして――意地でもあった。


「とにかく、不測の事態を起こさないことに重きを置け。……今は、ただそれだけだ」


 アブトマットの声は低く鋭かった。

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