序記
皮膚を破り、筋肉を引き裂きながら、小剣が体内にねじ込まれる。
焼けつくような激痛が、稲妻のように全身を駆け巡った。
ガーランドはよろめき、一歩、また一歩と後ずさる。
腹部に手をやると、そこには血に濡れた刃が深々と突き刺さっていた。
見るも無残な、粗末な刃。
柄には、どこから引きちぎってきたのか分からぬ革紐が無造作に巻きつけられている。
王国の鍛冶師が打ったものではあり得ない。――暗黒種族の造りに似ている。
全ての疑念が音を立ててつながっていく。
見上げた影の輪郭は霞んでいたが、理解だけははっきりと残る。
「……あぁ。お前だったのか」
呟きは、嘆きでも怒りでもない。ただ、諦念の混じった合点の言葉。
最後に浮かんだのは、幼き息子の無垢な微笑みだった。
「……ヘン……リー……」
名を呼び、王は崩れ落ちた。
§ 王立図書館所蔵『王国玄冬記』エルウェ著・序文より
王国史において、記録されるべき重大事件はいくつか存在する。
なかでも最も大きな転換点とされるのが、第四十五代国王が暗殺された、いわゆる『フェム事件』である。
当時、世界は魔王との戦争状態にあり、王国は南部の多重防衛線で辛うじて侵攻を食い止めていた。
くしくも、この時代には勇者の存在はなかった。
ゆえに王国の情勢は不利と見られていたが、実際には、奇跡とも言える防衛戦を展開し、魔王軍の侵入を阻み続けていた。
その只中、前線視察および兵士らの激励のため南部のフェム砦を訪れていた国王――
ガーランド・フォン・バーテルバーグ・ツー・スプリングフィールド陛下が、突如として暗殺された。
ガーランド王は賢王と評された。
南部に魔王軍との前線を抱えながらも、王国の莫大な経済力を維持し、内政にも強い手腕を発揮していた。
ゆえにその暗殺は、王国全土に深い動揺をもたらすこととなった。
不安は急速に広まり、ついには空位となった玉座を巡り、諸侯らによる内戦へと発展していった。
俗に言う、『王国玄冬期』の到来である。
それに呼応するかのように、魔王軍もまた攻勢を強め、南部防衛線はかつてない後退を余儀なくされた。
本書は、王国が最も荒廃したこの『王国玄冬期』に関する記録である。
この愚が繰り返されぬことを願い、筆を執る次第である。
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