さよならのプロポーズ72
再会と言えば、静清とも。ヤブキが連絡を入れたようで、高屋までこちらも飛んで来てくれたのだ。
「ランさん!良かった!」
店先で号泣しながら抱きつかれ、ランは目を白黒していたが、わんわん泣く静清に、やがて笑みをこぼしていた。
「こちらこそ、あなたは命の恩人です」
「うぅ、ご無事で、本当に、ご無事で、」
その後は言葉にならず、涙も止まずだったが、それでもずっと言えなかった感謝を静清に伝える事が出来た。ヤチタカの島で、静清はヤチタカの為に、時谷の捜索を撹乱したり、ランを助けてくれた。感謝してもしきれない。それを伝えれば、「大した事ではありません、僕も力になれたなら良かった」と、改めてランの姿を見て、安心したようだった。
静清は仕事の合間に駆けつけたようで、その後大慌てで帰って行った。因みに後日、静清と共にランを助けてくれた時谷の社員にも会う事が出来て、そちらの方にも感謝を伝えられた。彼も怪我等はなかったようで、ヤチタカについても静かに見守ってくれているようだった。
「みんな、静清さんみたいな人だったら良いのに」
静清を見送りながら、純鈴は思わずそうこぼしていた。静清は、ヤチタカの事を研究対象としながらも、純粋に人として見てくれる。
ランも純鈴の隣で頷き、静清の背中に深く頭を下げたので、純鈴も倣って慌てて頭を下げた。
「…本当に、感謝してもしきれません」
「皆が、ランさんと居たいんですよ」
頭を上げ、純鈴はランを見上げた。ランは少し困ったように視線を揺らし、それから少し目元を赤くして、手で顔を覆った。連鎖する涙に、純鈴は笑ってその背中をぐいぐいと撫で擦った。
彼らの涙は、悲しいものじゃない。懺悔や後悔も混じったかもしれないが、それでも誰かを思って流したもの。感謝の涙は、明日へ向く為のものだ。
***
それから数ヶ月経った現在、ランは信一の義弟のまま、高屋で働いている。
静清とも定期的に連絡を取っており、ヤチタカ出身のコウシが作ったどら焼に感動したらしく、時折店を手伝ってもくれている。すっかりランとは友達のようだ。
シャッター商店街の建て直しも、純鈴とランの新たな目標の一つとなり、それには時谷も協力してくれるという。その為にはまず、高屋の経営を安定させなくては。
高屋がイベントに出展した際には、ランはあの子犬の様を押し出し、集客には一役も二役もかってくれたが、販売となると不慣れなようで、レジ打ちから袋詰めでは、終始あたふたとしていた。
「…全国の販売員の方は、プロフェッショナルだったんですね…」
その仕事が終わり、ヤチタカの木を見上げる縁側にて、純鈴とランは二人きりの小さな慰労会を開いていた。
今のランはお風呂上がりで、銀色の髪に、薄い緑の瞳を甘く染めている。
母の花純は、手伝ってくれた深悠達、大苑屋の面々と一足先に酔い潰れ夢の中だ。深悠達は居間で雑魚寝だが、花純だけはランが二階の部屋に運んでくれた。純鈴とランは、後片付けや明日の仕込みをしていた為にアルコールを入れてなかったので、二人きりでの慰労会となった。
ランは今日のイベントでの出来事を思い返してか、ちょっと落ち込んでいる。
普段、ランがレジや袋詰めをしているのは高屋のみだ。売上が上がっているとはいえ、店にやって来る客の数が格段に伸びた訳ではない。店舗へ商品を卸すのがほとんどで、多くのお客さんと接するのは、今日が初めてだ。
コンビニでもスーパーでも、販売員という職種の人々の仕事振りと比べているのだろう、ランはぽつりと呟いた。
「あんな風にテキパキと客をさばくなんて、僕には無理だ…」
がくりと項垂れるものだから、純鈴は思わず笑ってしまった。
「今日のは特殊だから。それに、その内やってれば慣れるよ。長生きなんだから、いくらでも時間はあるんじゃない?」
軽やかに言う純鈴に、ランはきょとんとして、それから眉を下げて頬を緩めた。
「あなたといると、なんだか普通の人間になれたような気がします」
「はは、何ですかそれ」
しかし、その柔らかなランの表情は、純鈴の重たげな足を見て、そっと視線を伏せた。それを見て純鈴は、冷えたグラスをランの手につけた。ランはアルコールが苦手なようで、慰労会のお供は、二人揃ってちょっと値の張るフルーツティーだ。
「また変な事考えてる」
「…そういう訳じゃ」
「普通に生活してても、こういう怪我をしないとは限らないんですから。考えてもキリがないですよ」
純鈴はそれから少し照れくさそうに視線を逸らし、片足を揺らした。
「そ、それに、するなら未来の話がしたい。私の足を重荷とか、責任とか、そういうのはいいから。それから、ランさんの話も聞きたい、ヤチタカの事も」
「…はい」
優しい声に顔を上げると、ランの瞳と目が合った。透き通るような緑の瞳が甘やかに揺れるので、それがまるで愛おしいと囁くみたいで、純鈴は思わず顔を赤らめ、ますます落ち着かない気持ちになりながら、誤魔化すように笑って視線を逸らした。
ランのあの瞳はずるい、真正面から気持ちを伝えてくるみたいで、純鈴はまだ慣れずに照れてしまう。きっと、そんな純鈴の思いもランは分かっているのだろう、彼はどこかおかしそうに笑って、純鈴が揺らす足を、その膝小僧をそっと押さえて止めさせた。それから「待ってて」と言うと、グラスをその場に置いて居間へと向かってしまった。




