さよならのプロポーズ66
ランが生きてる、その言葉が体中を駆け巡り、そわそわと落ち着かない気持ちになる。動き出した車の中、助手席に座った純鈴は、戸惑いながらヤブキに尋ねた。
「生きてるって?ランさん、あの爆発で無事だったの?」
「奇跡的にって言うべきか、それとも必然的って言うべきかな」
それとも、本当に神様はいたのかな。なんて、ヤブキはどこかおかしそうに笑って言う。茶化そうとしてるのかと思い、純鈴は怒ってヤブキのシャツの首もとを引っ張った。
「もしかして嘘ですか!?言っていい事と悪い事がありますよ!」
「ちょ、危ない危ない!俺だって息出来なきゃ死ぬ可能性あるから!まぁ、ちょっとくらいじゃ回復しちゃうけど!」
「もう!茶化さないで下さいよ!」
「本当本当、心臓刺されて生きてる奴もいたし!」
今聞きたいのは、そういう事ではない。ヤブキのシャツに手を掛けたまま睨む純鈴に、ヤブキは「ごめんごめん!」と、ひやりとした苦笑いを浮かべた。
「だからほら、それだけ丈夫な訳。さすがに手足は生えたりしないし、寿命がきたらぽっくりいくけど、それまで命が取られる事はほとんどないんだよ、俺達」
ヤブキは幾分真面目に声のトーンを落とすので、純鈴もようやくその手を引っ込めた。ヤブキはほっと息を吐き、それからランが爆発に飲まれた時の事を教えてくれた。
「あの時ね、静清が時谷の社員と島の近くに出てたんだ、小型の船でさ、救命用だったのかな」
「え、静清さんが?」
純鈴は目を瞬いた。ヤチタカを守る側に回ってくれていたのは聞いていたが、まさかそこまでしてくれていたとは思わなかった。
「静清はランの正体も分かってたし、俺も協力して貰ってたからね。向こうの船では、社員達が安心して動けるように働きかけてたみたいで、怪我人もほとんどなかったみたいだよ。|信一《しんいち
》が船に戻って俺達の事を聞いて、多分ヤチタカをランが壊そうとしてるのに気づいたんだろうね、止めようと思ったんだって」
「どうしてそこまで…?」
「研究者だからなのかな?静清にとっては、ランは追い求めてたロマンそのもの、全てだからね。守りたかったのかも。その熱意に押されたのか分からないけど、一緒に島に向かった社員達も凄いよね。本当に頭が上がらないよ」
ヤブキは眉を下げて言う。あの時、既に港も島も爆発に呑まれ、そこかしこが火の海だった。その中で助けようと向かってくれていたなんて、感謝してもしきれないだろう、純鈴も胸が震える思いだった。
「それで、東の港で爆発が起きて、俺達の船が出ていく中、港に立ち尽くすランの姿が見えたらしい」
炎の勢いで近づけなかったが、それでも静清はランに声をかけ続け、上陸しようとしていたらしい。それを見て、同船していた社員が水を被り、島に上がったという。
「え、上がれたの?」
純鈴は目を丸くした。ランへの思いと怪我の影響で、その時の島の様子をはっきりとは思い出せないが、それでも熱い炎が立ち上ぼり、船が近づける状態でなかったのは覚えている。
ヤブキは「それがさ」と、幾分声を潜めて続けた。
「一度だけ強い風が吹いて、ランの姿が確認出来たんだって。不思議だったって言ってた、一瞬だけど、ランの倒れてる場所から炎が引いたんだって」
ランの倒れている場所のみならず、まるでランへと続く道を作るように炎の勢いが弱まったらしく、それを見て今しかないと思い、時谷の社員は島に乗り込んだという。
「とにかく脱出だって、坊っちゃんを抱えて海に飛び込んだって。そしたら、坊っちゃんの倒れていた場所は間もなく大爆発、あっという間に大きな炎に呑まれたってさ」
ヤブキは笑ったが、その顔はどこか泣きそうでもあった。
「それが、たまたまだとしてもさ、思っちゃうよね。勿論、助けてくれた皆のおかげだけど、その手助けを、国王達が坊っちゃんを生かしてくれたのかなってさ」
国王達、ランの両親は、海で命を落としたという。島の秘密を守る為であっただろうが、ヤチタカの人々を守りきれなかった責任も感じていたのかもしれない。
ずっと二人は、見守っていてくれていたのだろうか。島を、ランの事を。自分達と同じ道を歩もうとするランを、引き止めてくれたのだろうか。
「あの泉は干上がったけど、その奥の墓地は不思議と何の被害もなかったんだ。それ見るとさ、本当にそんな気がしてくるよね」
それから、ヤブキは声を明るくして続けた。
「それにさ、神様もいたのかなーってさ。俺のランタンに込めた願いは叶ったんだよ」
その言葉に、純鈴はそう言えばと思い出す。ランは、ヤブキから預かった短冊を、ランタンに貼り付けていた。
「なんて書いたんですか?」
「坊っちゃんが、明日も生きてくれますようにって。坊っちゃんの覚悟も分かってたし、何を今更って破られちゃうとも思ったけど…坊っちゃんも、どこかでそれを願ってくれたのかな」
ヤブキはそっと純鈴に視線を向け、優しく微笑んだ。
「純鈴ちゃんのおかげだよ」
「…そんな事は、」
「本当本当。普通の人の何倍も生きてるのに、それでも人生って何が起きるか分からないよね」
カラッと笑うヤブキに、なんだか肩の力が抜けてくる。
「それなら、どうして教えてくれなかったんですか。ずっと分からないって、何も見つからないって言われてたら、生きてるって思わないじゃないですか。あんな爆発見て、し、死んだって、思っ、」
ヤブキの言葉がようやく真実として、純鈴の体を包み、安心したら泣けてきてしまった。怒りたくても、安堵が先にたって、気持ちが溢れて止まらない。
「…ごめんね、坊っちゃんに口止めされててさ。最初は、坊っちゃんも暫く目を覚まさなかったんだ」
「え…?」
「さすがにね。爆発の衝撃を直に受けて、ヤチタカの回復を持ってしても、そう簡単には治らなかった」
あの時、純鈴は気を失っていたので分からなかったが、ヤブキは清純から連絡を受けていたという。ランを救助したはいいが、意識はなく、呼吸も浅い、体は傷だらけで応急措置といっても、どこに手をつけていいのか素人には見当がつかない状態だと。それにここは離島、船に医者もない。それを聞き、ヤブキは静清達の船だけ、近くの島に来るよう指示したらしい、純鈴達も向かった島だ。
「え、じゃあ、あの夜」
「うん、数時間遅れてだけど、ランもあの診療所に来てたんだ」
「え…」
純鈴は言葉を失った。ランを思って泣いていたというのに、すぐ側にランがいたなんて。純鈴は信じられない思いでヤブキを見た。
「な、なんで言ってくれないんですか!」
「坊っちゃんも、危なかったんだ」
その一言に、純鈴は戸惑い口を噤んだ。




