さよならのプロポーズ65
純鈴が和菓子屋をしている事から、最初は仕事の話をしていたが、そこから食べ歩きの話になり、互いの趣味の話になりと、意外と話題は尽きないままこの数時間を過ごし、車はとある駐車場に停まった。そこは、海が望める小さな店舗で、サーフショップのようだった。
「ここですか?」
「そう、サーフショップもやってるんだけど、店舗の二階にオフィスが入ってて、そこで事務仕事してるんです」
「えっと、観光業?」
「そ!この町の伝統工芸があるんだけど、あまり有名じゃないんですよね。この町は、そういう埋もれちゃってる物が多くて、だんだん職人も減ってるんだって。だから、そういうのかき集めて宣伝しちゃおうって、イベント開いたり色々やってる。なんでこの町を選んだのか分からないけど、地域が活性化すると、ワクワクしますよね。あ、ランタン飛ばすのも名物ですよ。えっと…」
崎元はよく回る口で喋りながら、車から荷物を出したり、純鈴の荷物を持ちながら車を降りるのに手を貸したりと、当たり前のようにきびきびと動くので、純鈴はされるがまま、気づいたら彼女のエスコートで車の外に出ていた。
「実は、今夜なんですよ!町のあちこちでもやると思うんですけど…」
そう言いながら、崎元は自分の鞄から一枚のチラシを取り出した。
「うちでもしっかりやってますから、気が向いたら参加して下さい。私に連絡貰えれば、迎えに行きますから」
そう言って、名刺と共にチラシを渡された。人の良い笑顔からは、面倒そうな様子もない。きっと連絡をしたら、気前良く彼女は来てくれるのだろうなと思った。
純鈴が礼を言って受け取ると、崎元は店舗へ案内してくれた。待っててと言い残し、オフィスのある二階へ向かう。店舗の中は、ボードやウェア等が陳列されており、店員の働く姿があった。それを見ながら、ガラス張りの壁から海へと視線を向けた。晴れた空の下、穏やかな波が砂浜に寄せては返すを繰り返している。町の人だろうか、砂浜を駆ける親子連れや、サーファーの姿もあった。
港は、もっと先に行ったところだろうか、ここからでも、遠くの海の上に島影が見えた。あれはヤチタカの島だろうか、近くに幾つか島があったようだから、ここから見えるのは、別の島かもしれない。
崎元に聞けば、離島の事を知っているだろうか。そう言えば、地図にはどんな風にヤチタカの島が載っているんだろう。
ぼんやり考えていると、オフィスへ繋がる階段から、駆ける足音が聞こえてきた。
「高千さん、やっぱり二人共いないみたい。連絡して貰ったけど、携帯も繋がらないって」
膨れながら崎元が戻ってきたので、素直な表情の変化に、純鈴はそっと頬を緩めた。
「分かりました。すみません、ここまで連れてきて貰ったり、よくして貰って。助かりました」
「いえいえ、ついでですから!えっと、本当に一人で行くの?私、ちょっとくらい平気だよ?イベントの為に来ただけだし」
「準備とかあるでしょ?その気持ちだけで本当に十分ですから」
「そお…?あ、でも本当に連絡してね。良かったらだけど」
「はい、ありがとうございます」
もう一度礼を言って、純鈴は店舗を後にした。「またね!」との声に振り返れば、店の前で崎元が手を振っている。純鈴も、「また!」と言って、大きく手を振り返した。
先にホテルに荷物を置いてこようか。ゆっくり海道沿いの歩道を歩きながら、スマホの地図アプリを確認する。確か、ホテルはここからそんなに遠くない筈だ。
潮風が優しく頬を撫で、通りを車が緩やかに走っていく。この町を去る時も、病院に入ったり、そもそもランの事で頭がいっぱいで、町を見る余裕なんて無かったから、町の空気は新鮮だった。
歩道の手すりに寄りかかり、少し足を休めようと海に目を向ける。カモメの鳴く声、遠くの汽笛、波の音が風に乗って大きく耳に届く。包まれるような、飲み込まれてしまうような、その音に、純鈴は胸が少し騒ついた。
この世界のどこかに、ランはいるのだろうか。
この海の中に、いってしまったのだろうか。
純鈴は鞄から、木材で出来た髪飾りを取り出した。ランが買ってくれたものだ。
「…どこにいるんですか、あなたは」
災いから守ってくれるなら、ランを守ってほしかった。そうすれば、こんなに悲しむ事も、心を病む事もなかったのに。どうしようもない八つ当たりをした所で、何も変わらないのは分かっているけど、ついそんな思いが首をもたげてくる。
時間は変わりなく過ぎていく。ランのいない日々が増えていく度、ランの存在が元からなかった事になりそうで怖い。
「…探さなくちゃ」
純鈴は、髪飾りをお守り代わりに頭のサイドにつけると、気持ちを切り替えて顔を上げた。
簡単に弱気になっては駄目だ、信一の思いも乗せて、純鈴はこの町にやって来たのだから。
そこへ、通りを走っていた車が純鈴の背後を過ぎ、少しして停まった。純鈴が歩き出すと、車のドアの閉まる音が聞こえる。
「純鈴ちゃん?」
聞き馴染みのある声がして、純鈴が驚いて振り返ると、そこにはヤブキがいた。会うのは数ヶ月振りだろうか、ティーシャツにジーンズとラフな姿で、茶色の髪は、根元が銀色になっている。驚いているのは、ヤブキも同じようだった。
「ヤブキさん!」
「どうしたの?こんな所で、言ってくれたら、」
「連絡取れないじゃないですか!そっちから連絡してくれないと、全然通じないし!」
思わずヤブキの言葉を遮り、ムッとしながら言うと、ヤブキはたちまち罰が悪そうな顔をした。
「あー、でも、あれだよ?昨日のは朝には折り返したよ?けど信一の奴、何も言ってなかったからさ、」
「私が行ったなんて言ったら、ヤブキさん達いなくなっちゃうと思ったんじゃないですか?」
それは純鈴が思った事だ、じっと睨むように見上げれば、ヤブキは笑って顔を背けたので、純鈴は足を引きずりながら、すかさず詰め寄った。
「何か隠してますよね?ランさんの事ですか?ランさんの物、何も見つからないって言ってましたけど、本当は何か分かってるんじゃないですか?それなら教えて下さい!私はもう大丈夫ですから!」
揺れる瞳を逃がさないように、純鈴はヤブキのシャツを掴んだ。よろけそうになったけれど、ちゃんと自分の足で踏みとどまる。
「ちゃんと、受け止めますから」
ぎゅっと掴む手が震えそうになる、受け止めると言った言葉の先に、信じたくない未来が見えて、純鈴はそこから視線を逸らしかけたが、それでも思い直して顔を上げた。ここには、ちゃんと自分の目で見る為に来たのだ。
ヤブキはその純鈴の様子を見て、戸惑った様子で視線を揺らし、くしゃくしゃと頭を掻いた。
「そりゃ、そうだよな…」
そう呟いたヤブキは、迷いを振り切るように顔を上げた。眉を下げて笑うその表情は、どこか安堵したようにも見える。ヤブキの変化に純鈴が困惑していると、ヤブキは純鈴の荷物を持って、純鈴を手招いた。
「え、ヤブキさん?」
「ご案内しますよ、君は今も、俺達の王女様だからね」
「またそんな…」
冗談に付き合える気分じゃないと、純鈴が再び顔を顰めれば、ヤブキはしっかりと純鈴と向き合った。
「坊っちゃんに会いに行こう。王子は生きてる」
「え…」
ヤブキはにこりと笑って、沿道に停めていた車に、呆然としている純鈴を再び手招いた。




