さよならのプロポーズ64
喫茶店から出ると、信一はヤブキに電話をかけてくれた。先程メッセージアプリにも連絡を入れたが、まだ既読にはならないようだ。
信一は、島から戻って以来、必要がなければヤチタカの事を口にしないようにしているようだった。ヤブキ達は時谷の社員として、表向きは観光業の仕事をしている事になっている。実際に部署もあるようで、ヤブキ達もそちらの業務を時折手伝っているという。なので、信一もその仕事には首を突っ込むが、島についてはヤブキと迅に任せ、協力を求められたら、その都度、援助なりをしているようだ。
もうヤチタカに秘密はないと触れ回っているし、行こうと思えば信一だって島に行く事も出来る。それでも信一は、自分がヤチタカに触れてはいけないと思っているようだった。
なので、ヤブキや迅に関しても、仕事以外の話をする事はないようで、ヤチタカに関わる事について、二人がどんな活動をしているのか、大まかにしか知らないという。二人と連絡がつかない事もよくあるらしいが、それでも、表向きの仕事はしっかりこなしているし、時谷の力を許可なく使う事もない。
だが、確かに不思議に思う事もあったようだ。
「部下から聞いた話ですが、社員寮にはこの一年、ほとんど帰ってないようなんです。どこに住んでるんだと聞いても、はぐらかされるばかりだとか」
ヤブキがふらふらしているのは想像つくが、迅までそういった生活を送っているとは想像つかなかった。体質についても、迅の場合は瞳の色が人と違うだけで、他は普通の人間と同じだ。自分のルーツに外国の血が入っているとでも言ってしまえば、それ程怖がらず過ごせると思うが、本人にしてみれば、他の社員と同じマンションで暮らすのは、気になってしまうのだろうか。
「近くに知り合いでも居るんでしょうか?」
「…これだけ長い間住むなら、寮を借りる必要もないのでは?使ってなくても、家賃は払われています。安くても出費に変わりないですから」
悩んでいると、信一はスマホを耳から外した。結局通話は繋がらず、メッセージだけ残して貰った。
「…やはり、二人共繋がりませんね」
「今日は平日だから、仕事ですよね?」
「朝には会社に顔を出す筈ですが、その後の仕事は向こうに任せています。ヤチタカの島については、まだ安心とはいえないようですから、保護活動を中心にやって貰っているので」
他の社員には、二人には別の仕事を任せてあると言っているようだ。極秘のプロジェクトなので、詮索するなと言われてるのを、社員達は守ってくれているらしい。だとしても、連絡が取れない理由にはならないのだが。
考えながらも純鈴は、別の疑問が沸いた。
「島って、まだ危ないんですか?」
「島自体は上陸出来る状態ですよ。ただ、島の変化に疑問を持つ人間もいるみたいで。その事について、ヤチタカの人々と話合いも行われていたりするそうです」
「そうなんですか…」
忙しく働いているのかと純鈴は思ったが、毎日のように連絡がつかなくなるのは、やはり不自然だ。毎日話し合いが行われている訳ではないだろう。
「…直接、向かいますか?」
「え?」
「私は仕事で向かえませんが、部下に車で送らせます。ホテルも手配しますよ」
そう言って、再びスマホを操作する信一に、純鈴は慌ててその手を止めた。
「そこまでは甘えられませんから!会社の場所だけ教えてくれませんか?」
「うちの車で行けば、地図を見る必要もお金もかかりませんよ。気は遣わせてしまうでしょうが」
信一は苦笑い、そっと純鈴と視線を合わせた。
「ランの事を頼んだんです、私にも何か協力させて欲しいんです」
そのどこか申し訳なさそうな眼差しに、純鈴は迷った挙げ句、せっかくの好意なので甘えさせて貰う事にした。純鈴が応じると、信一はほっとした様子で表情を緩めた。その様子を見ると、ずっと後ろめたさのようなものを抱えていたのだろうかと、純鈴はふと思う。今の信一を見ていたら、冗談でも弱味につけこもうなんて思った事が、恥ずかしくなった。
「ちゃんと、見つけます。ランさんの事、ちゃんと」
しっかりと純鈴が思いを込めて言えば、信一は眉を下げて、それから頭を下げた。
予定では、翌週の高屋の休みに行くつもりだったが、どうせなら早い方が良いと、早速翌朝、ヤブキ達の勤める会社へ向かう事となった。その会社は、ランと共にランタンを飛ばし、ヤチタカの島へ向かったあの港町にある。朝に出かけるので、会社に行ってもヤブキ達とは会えないかもしれないが、自分にも、ヤチタカと向き合う時間が必要な気がしたので、時間の猶予を持って行こうと考えた結果でもあった。
母の花純は、すっかり前向きに純鈴の背中を押してくれた。
港町までの運転をしてくれるのは、時谷の女性社員で崎元という。丁度、ヤブキ達の会社に行く用事があったらしい。彼女は信一とはほとんど面識のない社員のようで、ヤチタカの事も、信一が社長を退こうとした事も知らないようだった。
純鈴の事は、高屋の職人と聞いており、時谷の事業展開の一貫として高屋が参加するかもしれないと、その下見に行くと聞かされていたらしく、純鈴は彼女の話に合わせながら、ドライブは順調に進んだ。
昼食を挟み数時間後、あの港町へ到着した。車窓から高台を見やれば、ランタンを飛ばしたあのホテルが見える。あの日は夜だったり、慌ただしく港に向かったりで、ゆっくりと町を見る機会もなかったが、良く見ると、ゆったりとした空気が流れる、穏やかな港町だった。山の斜面に沿うように、段々と階段のように土地が出来ていて、以前純鈴も宿泊したホテルのような、白を基調とした建物がぽつぽつと並んでいる。その下の平地には、民家が建ち並び、商店もその中に紛れているようだ。
純鈴がこの日泊まるホテルも平地にあり、そこは時谷の社員がよく利用しているという。
「どうします?先に会社に行きますか?それとも、ホテルに荷物置いてっちゃいます?」
運転席の崎元が、気兼ねのない口調で問いかける。
「会社に向かって下さい、そこで降ろして貰えれば、後は歩きますから」
「え、ホテルまで送りますよ。歩くより楽でしょ?」
「のんびり歩きますよ。海見るのも久しぶりなんで」
「まぁ、確かに。私も仕事じゃなきゃなー」
崎元は明るい女性で、足の事についても深く拘らずに接してくれている。純鈴にとっては、あまり気を遣わずにいれるので、初対面ながらも楽しい時間を過ごしていた。もしかしたら、これも信一の気遣いだろうか。




