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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ55



「…私が来ようって言わなかったら、」


思わず後悔が口をついたが、ランがそれを責めるような事はなかった。


「僕の望みを、あなたは叶えようとしてくれただけです。それを言ったら僕の責任ですよ」


背中越しに言うランの声は、穏やかだった。この場においても、ランは純鈴(すみれ)を気遣い、そして守ろうとする。守られるべきはランなのに、純鈴は自分のせいでランを危険に巻き込んでいる事を悔やむしかない。

(じん)が地面に倒れ、時谷(ときたに)の社員に体を抑えつけられる。

純鈴は、ただ足手まといでしかない自分が、悔しかった。


「ランさん、」

「さあ、こっちへ来い!」


純鈴が声を掛けようとした時だ、信一(しんいち)が共に来た社員に何か指示した。二人の社員は急いで信一の側に駆け寄る、その社員が手にしているのは猟銃だった。


「見知らぬ土地だ、熊でも出るかと思って持ってきていたんだ」


信一はその銃口を、ランに向けさせた。


「ここは無人島だ、咎める者もない。ラン来い、でなければ仲間が死ぬぞ」


銃口が純鈴にも向けられる、先程地面に放られたのはどれも銃だったようで、皆がそれを手にすると、それはヤブキや迅にも向けられた。迅やヤブキが背中を足で抑えつけられ上がる呻き声に、ランは唇を噛みしめ、両手を上げながら前に出た。咄嗟に純鈴が動いたが、銃口が向けられるので、ランが小声で純鈴の足を引かせた。


「…分かった、せめて理由を聞かせてほしい。どうしてそこまでヤチタカにこだわるんだ」

「お前が知って何になる、早く来い!」

「ランさん、」


純鈴が堪らずランの服を掴めば、それを見て、信一はおかしそうに表情を崩した。


「はは!確かに女の前だ、理由もなくその体を刻まれるのは納得がいかないだろう、復讐に刺されても敵わないしな!」

「な、」


思わず反論しようとする純鈴を、ランが首を緩く振って制するので、純鈴は大人しく口をつぐんだ。


「不老不死のお前にはわからないだろう、病を持った者の気持ちなんて」


苦々しげに吐き捨てた信一に、純鈴は驚いてランを見た。信一は病気だったのだろうか、ランはそれを知っていたのか、その表情は変わらなかった。


「私の娘の話だ、病を持って生まれ、ずっと寝たきりのような生活だ。いつ死が訪れるかも分からない。妻は出産後、体調を崩して亡くなった。娘の病を自分のせいだとして気を病んでいたんだ。今までどれだけの医者に診せたか知れない、苦しむ家族の姿を見てきた私の気持ちが分かるか」


純鈴はその信一の様子に戸惑った。信一は嘘を言ってるようには見えないし、これだけ無茶な事をしてヤチタカに拘っていたのは、家族の為だったのかと。

だが、だからと言って、信一のやろうとしてる事が正義にはならない。ランの表情は変わる事はなく、ただまっすぐと信一を見つめている。


「悪いが僕は不死ではない。寿命がくれば死ぬ」

「それでも長命だろう!老いもしない!何か秘密があるはずだ!」

「受け継ぐ遺伝子、でもそれだけじゃない、この島で生まれ育つことに意味がある」

「何だって?」

「この島の食物から得た成分で細胞が進化するんだ、長命になりたければ生まれ変わることだ、そもそも遺伝子の細胞がなければ、」

「なら、結局同じだ!お前を連れていく!」


前に進み出る信一に、純鈴はぎゅっとランの服を掴んだ。ランを渡す訳にはいかない、けれど、銃口とぎらつく瞳を前に、純鈴は足を動かす事が出来ない。


「僕を使って、どう治療に活かすんだ?本当にそれが娘の治療に役立つのか?病気は治るのか?」

「そんなもの、やってみなけりゃ」

「そうやって、ほとんどの島民が死んだ!」


ランの怒鳴り声に、純鈴はびくりと肩を震わせ、迅もはっとした様子でランに視線を向けた。その怒りは、背中を見ただけでも分かる。空間を支配するかのように声が、その感情が森に響き渡る。炎の上がる音がやけにはっきりと耳に届き、島の怒りが風に乗って体を覆うようだった。

ヤブキは、悔やむように顔を伏せた。


「…僕達は、あなたと同じ人間だぞ」


自分は普通ではないと言い続けていたランの、確かな思いに胸が押し潰されそうだった。震える声は、それでも熱量を持って信一に、時谷の社員達に向かっていく。この背中にランは、どれだけの人々の思いを背負ってきたのだろうか。この島の最後の王子として、どんな思いで長い時を生きてきたのだろうか。


「…お前が恵まれてるから悪いんだ」


絞り出すような信一の声に、ランは眉をひそめた。



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