さよならのプロポーズ53
***
ラン達は迅の先導によって、森を抜けようとしていた。時谷の社員達が居る場所からは離れている、港があるのは南西寄り、純鈴達が向かっているのは、東の小さな海岸だ。
山は島の中央より北に位置しており、それを囲うように森が広がっている。
「この森を抜けた先に、船を隠してあります」
「え、もう出るんですか?ヤブキさんは?」
「時谷の人間が全員船に引き上げたら、連絡を貰う予定です。ヤブキさんにはそれから合流します、時谷の船が出たら、我々も船で近くの島に避難します。そこには仲間も待機しているので」
「そうなんですか…」
迅と言葉を交わして純鈴が振り返ると、ランは燃える山の方を見つめていた。
「…あの、きっと時谷の人達逃げてますよね、火が燃え広がる前に城跡へ行く事は可能ですか?」
その言葉に、ランは眉を寄せて純鈴を振り返った。しかし、ランが何か発するより早く、迅が口を開いた。
「危険です。城跡は、この島のほぼ中央、この森と山の間にあるんです」
「でも、まだ火は山の向こう側でしょ?それに、もうここはなくなってしまうんでしょう?」
純鈴の言葉に、迅は純鈴の目にも狼狽えた様子を見せた。だがランは、真っ直ぐと二人に顔を向ける。
「僕は、山の様子を窺っていただけですから。向こうの方に時谷の人間がいないか心配だっただけです。もし逃げ遅れの人間がいたら、ヤブキから連絡が入るので問題ないと思いますが」
もし、山の方に時谷の人間が探索に入っていたら、時谷の人間といるヤブキの耳にもその話は入ってくるはずだ。静清には、信一を惑わす為に嘘の導きを伝えて貰っていたし、それを無視した信一は、今は空となった王族の墓石の方を探させている。それらは港からも近い場所だ、そこを重点的に探索していたのなら、火事に巻き込まれる事もないだろう。
「しかしランさん、」
「迅、良いんだ」
だが、迅は珍しくランに対して意見した。
「…まだ間に合います。最後のボタンは、ヤブキさんと合流してからです。それさえ押さなければ、まだ…いえ、私が何がなんでも二人を連れて戻ります」
「危険だよ、山の向こうは火が回っている。それに、時谷が心変わりして島に戻ったらどうする?その前に、上陸は困難だと思わせなきゃならない」
「でも、大事な場所でしょ?」
二人の会話に純鈴が思わず声を掛ければ、ランはそっと純鈴に向き直った。
「…今は、あなたの方が大事ですよ」
ランは純鈴に優しく、まるで幼子に言い聞かせるように言う。それに対して、純鈴はもう腹を立てたりはしなかった。そんな風にランが言う時は、何かを隠したり守りたい時で、自分の気持ちを押し殺している時だ。今のランはその時と同じ気がする、純鈴は迅を振り返った。
「三神さん、本当に危なかったら、引き止めてますよね?」
「それは、勿論ですが…」
「せめて途中まで、本当に危なくなったら引き上げます。もしまだ可能性があるなら、行ってみませんか?道は一つじゃないでしょ?」
その言葉に、ランは瞳を揺らした。それを見てか、迅が一歩踏み出し、純鈴に並び立った。
「道は、一つではありません」
しっかりとした口調で、迅がランに言う。思わぬ援軍に、純鈴はぱっと表情を明るめたが、二人の様子を見て、自分と温度差のある表情に純鈴は困惑した。純鈴は、火が回るのが遅い道もあると思い言葉にしたが、迅がその言葉に込めた思いは、ランが受け取った思いは、純鈴のそれと同じだとは思えなかった。
それが何なのかは分からないが、ランは仕方なさそうに表情を緩めたので、純鈴は安心して迅と顔を見合せた。
そうして、一行は獣道を進み、再び森の奥へと向かっていた。あれから一度起爆ボタンが押されたようだが、ヤブキとも連絡を取り合い、それ以降この島は大人しく、北側の山や森だけが静かに炎を燃え上がらせていた。安全だとは言いきれないが。
「…本当に、動物がいないんですね」
実験に使われたと言っていたが、森は空っぽのようで、何だか寂しく感じる。
「この島では多くの命が奪われました、僕は何一つ守る事が出来なかった。きっと地獄行きだね」
「お供します」と、迅が迷わず言うので、ランは困った様子で笑った。
「やめてくれ、そしたら僕はますます浮かばれないよ」
ザ、と風が木々を揺らし、純鈴は顔を上げた。風向きが変わった、南から風が巻き起こり、ゴウゴウと鳴る空が星空を隠していく、厚い雲が出始めたようだ。
「…もしかしたら、降るかもしれないな」
「今日、雨なんか降らないって言ってたけど」
ランの言葉に純鈴は眉を寄せたが、それも一瞬で、何か閃いたとばかりに、ぱっとその表情を明るくさせた。
「恵みの雨かもしれませんね!火が鎮火したら森は生き残るし、これこそ神の力だとかで、時谷は恐れて近づかなくなるかも!」
「…だといいですけどね」
苦笑うランからは、そんな簡単に事は運ばないだろうと、溜め息が聞こえてくるようだった。だが、純鈴は意見を変えなかった。
「上手くいきますよ!大丈夫です、きっと」
「根拠のない言葉を、よくスラスラと…」
「願いを口にしてみれば、叶うかもしれないですよ。だってここは、神の島でしょ?」
敢えてそう言い張った純鈴に、「そういう事ですか」と、ランもつられて表情を緩めた。
「ならば、僕も祈りましょう。ヤチタカの不幸をこれで終わりに出来るように」
ランの願いを浚うように、風が強く吹き付けていった。




