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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ52



ヤブキは叫びながら、時谷(ときたに)の社員達の元へ向かった。


「ヤバイぞ!山の向こうで火事が起こってる!」

「なんであんな場所から、火の気なんて無いだろ」


探索の進捗状況を見る為か、やぐらが立っており、その上で社員達が戸惑いを滲ませていた。顔を上げれば、潮風が肌を撫でる。乾燥から山や森が自然発火する話は耳にするが、湿り気を帯びた風が吹き、気候も安定しているこの島での自然発火は、想像出来ない。


「電気を使ってるからか?」

「あの山の向こうなんて、誰も行ってないだろ」


やぐらの上からの戸惑いの声を耳にすると、ヤブキは気合いを入れて声を張り上げた。


「見ろよ、あの火!こっちに近づいてくるかもしれない!さっきも地震が起きたろ?やっぱり、この島に入っちゃいけなかったんだよ!」


その言葉に、側に居た社員達は戸惑いの声をあげた。


月岡(つきおか)、どういう事だよ?」

「知らなかったのか?この島は、そもそも島の親族以外は立ち入り禁止なんだよ!昔、この島を荒らしに来た奴らに、次々と天罰が下ったんだ!会社は倒産、一家離散、何も無い所でつまづいて骨折ったり、毎晩幽霊にうなされて精神を病んだり、子供が病にかかったり、事故に遭ったり、とにかくもう次から次へと大変な目に遭ったらしい!」


大体が作り話だったが、嘘も方便だ。この話を以前ランが純鈴(すみれ)にした際、含みを持たせるように話していたが、時谷がしたのは、夜な夜なヤチタカの幽霊に化けて出るといったものだけだった。だがそれが、意外にも効果的だったという。

怨霊の出現に戦いたせいなのか、とある家では会社が倒産、一家離散、時谷の知らない所でたまたまその人が転び骨折と、偶然に不幸が重なった為、そこから大きな尾ひれをつけた噂がたちまち広がり、子供に起きた天罰のくだりは、噂が独り歩きした結果に出来た作り話だった。

しかし、嘘でも天罰が下ると思えば仕事や生活に影響が出るのか、ヤチタカの島を荒らしに来た人々が偽りの心霊現象にあった後、不幸な出来事に見舞われていくのは本当の話だった。


実際に見た事だからか、ヤブキの話振りからは本気の熱量が伝わってくる。社員達は、作業する手に躊躇いを見せ始めた。その瞬間、再びどこかで響き渡る爆発の音、木々が倒れ、炎が上がり、じわじわと山や森を侵食していく。

その様に、社員達のどよめきが広がっていく。ヤブキは内心でほくそ笑み、更に芝居の熱量を上げた。


「すぐに船を呼び戻そう!もしかしたらこれも、さっきの地震の影響かもしれない!俺達の事、ヤチタカの神様が怒ってるんだよ!」

「何を騒いでいる!祟りなんて迷信だ!惑わされるな!」


そこへ現れたのは、信一(しんいち)だった。信一の言葉に、社員達は更に困惑の表情を浮かべた。社長には従わなくてはならない、でも実際に火災は起きている。


「ですが、実際火が、」

「そんなもの、あのヤチタカの人間の仕掛けだ!すぐに火を消してこい!水はいくらでもある!」

「そんな…」

「早くランを探し出せ!」


信一の圧に怯み、作業を再開させる社員達を見て、ヤブキは信一に詰め寄った。


「待って下さい、社長!山や森に火が出てるんですよ?風向きによっては、こっちも火に飲まれるかもしれない、」

「何よりもまず、ヤチタカの人間と秘密を見つける事が先決だ!火事ならちょうど良い、あの男も縋ってくるんじゃないか?この島に逃げ場はないし、大事な島を守るにしたって、あいつらだけでどうにもなるまい」


鼻で笑い、信一はヤブキの横をすり抜けていく。ヤブキはぎゅっと拳を握った。


「お前もさっさと、」

「確証もない伝説と!」


信一の言葉に被せるようにして、ヤブキの声が辺り一帯に駆け抜けた。騒つく空気を静めるような凛とした太い声に、皆がヤブキに目を向けた。


「今、目の前で起きてる現実、どちらを皆選ぶんだ?俺だって迷信なんか信じちゃいない、でも実際火事は起きてる!風が強く吹いて、あの火がこちらにまで燃え広がったらどうする?どのみちこのままじゃ捜索は出来ない!」

「誰に意見している、お前!」


すぐさま信一がヤブキに掴みかかったが、ヤブキは信一に目を合わせたまま引き下がらなかった。


「部下も人間だ!」


真正面からの言葉が、その重さが、空気を心を震わすようだった。ヤブキの瞳は、信一にこの島で起きた惨劇を見せるような、怒りに耐え忍んでいるようにも見える。


「皆、アンタと同じ血が流れてる普通の人間だ、命が惜しいに決まってるだろ」 


ヤブキは掴みかかる信一の手首を掴む。ぎり、と食い込む指に、信一が僅かに怯んだ。


「…俺達の命まで奪おうっていうのか?」


再び、山の向こうで木々が倒れる音が響き、火の勢いが増していく。やぐらの上で様子を見ていた社員達が、焦った様子で声を張り上げた。


「山向こうの火がこっちに向かってきています!どんどん向こうの森を巻き込んでいます!」


ヤブキは信一の手を、自分から突き放すように放させると、社員達に向かって声をあげた。


「すぐに港へ!船を呼び戻そう!アンタも、」


ヤブキが信一の肩を掴むと、信一は顔を俯け唇を噛み締めた。




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