さよならのプロポーズ45
「変わらないな…さすがに景色は変わったけど、この森は僕らを変わらず迎えてくれる」
ランは朽ちた建物に触れる、銀色の髪が月明かりに照らされて、それはまるで神様の世界を覗いているような気にさえなってきて。ぼんやり見惚れていると、ランが不意に振り返るので、純鈴ははっとして視線をうろうろと彷徨わせた。結果、迅に視線が止まり、慌てて口を開いた。
こんな時なのに、すっかりランの姿に見惚れていたなんて、緊張感の欠片もないと言われても仕方ない。
「あの、ランさんと義父さんは、島から逃げた当時の人なんですよね?三神さんのお祖父さんもその島の人なら、三神さんはどうして普通の体質なの?」
同じ島で生まれたのではないのだろうか、疑問に思っていたのだ。
「迅の祖父、ミツミは、本土の女性と結婚したんです。何度か本土との交流の為、本土と島を行き来していた時に出会って、純粋に恋に落ちたようですよ。彼女は僕らの事情は知っていたので、そのおかげで、僕やコウシさんは逃げられたといってもいい。
だから、ヤチタカの血は引いているけど、迅は普通の人間なんです。不老の体質は生まれ持った遺伝子もあるけど、この土地の物を食べて育たなければ、生まれない体質ですからね」
「そうだったんですか…生きる長さの違う人と人生を生きるって、どんな気持ちなんだろ…」
ぼんやり呟いて、純鈴はすぐにはっとして、二人を見上げた。
「あの、違います!否定的な意味で言ったんじゃなくて、その、うちの場合は何も知らなかったけど、そのお祖母さんは知ってた訳じゃないですか、だからその、純粋に愛があるなっていうか、その、」
憧れ、と口にしそうになり、純鈴は焦って顔を俯けた。視界に入るのは、偽物の結婚指輪。今、こんな事を考えてる場合ではないのに。たった今、反省したばかりなのに。
途端に赤くなって小さくなった純鈴に、ランは迅と顔を見合せた。二人共にきょとんとしており、やがて迅は何事もなくサングラスを掛けるので、ランも何事もなく口を開いた。
「改めて、話しましょうか。…本土との交流が始まって十数年経って、僕らは自分達が異質なのだと知りました」
真面目な話が戻ってきて、純鈴は慌てて居ずまいを正した。
純鈴が赤面して俯いた事に触れず、ランの変わらない様子に、純鈴はほっとしていた。
ヤチタカの人々は外部との交流がなく、独自の文化を築いてきた為、ヤチタカの体質は普通だと思っていた。生まれてすぐに口に含ませる果実も、健康を願うしきたりの一つという考え方だ。
神の島と呼ぶのは外部の人間だけ、ヤチタカの歴史に神の存在はない。比較するだけの交流がなかったのもあるが、もしかしたら先祖は、敢えて本土との交流を断ったのかもしれない。ランが島を出る前に読んだ歴史書でも、ヤチタカの歴史は、ある日突然始まった。既にヤチタカの文化がある状態で始まるので、もしかしたら、先祖は故意に過去の歴史を葬ったのかもしれない。
今、神の島と崇められているような事が、大昔にもあったのかもしれないと、ランは言う。どこからか逃げて、この島にたどり着いたのかもしれない。
たまたまヤチタカに行き着いた遭難者、そこで生まれた交流から、本土からも人が行き来するようになっていた。
それでも数は少なく、興味はもたれることもない、初めは普通の島として、様子を見に来るぐらいだったという。
しかし、十年たって、二十年たっても老いない島民に、何か秘密があると考えたのだろう。ここは不老不死の神の島、その秘密を暴こうと考え出した豪商がいた。金儲けや己の欲の為だ。
最初は、ちゃんとした交流だった。互いの文化を持ちより、行き来させ、そこで視察団の一人として派遣されたのが、迅の祖父のミツミだった。
視察団の面々は、上手い話に乗せられ、島は豪商に支配された。身勝手に島を荒らし始める本土の人間に、島では対抗する術はない。武力がなかった。
「僕はこの島の王子だったから、島の宝であるヤチタカの木の種と共に、ミツミさんの手引きで、コウシさんと共に島を出る事が出来たんです」
「手引きって、三神さんのお祖父さんって、もしかして時谷の?」
「いえ、ミツミさんのお嫁さんが、時谷の創設者の娘さんだったんです。おかげで僕は、時谷の創設者の元で隠れて生きてこれた」
「…義父さんは、どうしてあの店を?」
「何人も同じ家にかくまってもらうのは、リスクがあった。僕らは歳を取るのが遅いから。それに、僕、島の王子と宝は切り離しておくべきと考えたんだ、だからコウシさんは一人、離れたんです」




