さよならのプロポーズ43
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島の平地はほとんどが森のように木々で覆われており、開けた場所に出たと思えば、廃墟と化した瓦礫の山があちこちにあった。純鈴達は、森の中を進んでいる。時折、鳥の姿は見かけるが、動物の姿は見かけなかった。これだけ緑が多いのだから、何か現れそうなものだが。
ふ、と息を吐いて、純鈴は空を見上げた。もうすぐ陽が沈む、森の中は薄暗くなってきているが、それでもランの足は迷いなく進んでいた。土地勘があるにしても、森の中まで道を把握しているのは、この島にはよく帰ってきていたのだろうか。
そう思い尋ねたが、ランは首を横に振った。
「いいえ、島を出てからは一度も」
「え、それなのに分かるの?森の中だよ?」
見た所、森の中の景色はずっと変わらないし、道がある訳でもない。いくら過去に来た事がある森とはいえ、森だって成長する、あるものが無かったり、無いものがあったり、森の景色だって昔とは違ったりするのではないか。
「この森は、僕の庭でしたから」
しかし、悩む純鈴に対して、ランは軽やかにそう言うだけだ。ぽかんとしていると、ランはそっと純鈴に手を差しのべた。
「ここ、足元気をつけて下さい。泥濘が所々にあるので」
見ると、濃い色の土の道が横たわっていた。その中に、所々足場のような岩が置かれてある。沢でもあったのだろうか、それくらいの広さだった。
「ありがとう」
「いいえ。もうすぐですから」
ランの手を借りながら、不思議な泥濘の道を渡ると。ランは本当に良く森の地形が分かっている、彼がこの島の人間なのだと実感してしまう。再び普通の土の上に戻ると、純鈴は離れていく手を目で追った。
「…さっきの傷は、痛まないの?」
ざっくりとラン自らつけた傷は、跡も残さずに塞がって見える。
「傷が塞がれば、痛みも消えますから。問題ありませんよ」
「そうなんだ、良かった」
心底良かったと思っている純鈴に、ランは躊躇いがちにそっと振り返った。
「…気味が悪いでしょう」
その揺れる瞳に、純鈴は、え、と声を漏らし、慌てて頭を振った。
「いいえ!やっぱり私の勘は当たってたんだって、そっちの気持ちが強いですから。ランさんは、普通とちょっと違うだけで…、ちょっと変わった所なんて、人間誰しもある事ですし」
「こんな体質の人間はいませんよ」
「…でも、私は体は普通でも、頭は良くありませんから」
「…え?」
「成績も悪かったし、運動も得意じゃないし。恋愛だって…ご存知の通り引きずりまくりで、もうすぐ三十路なんて…それだって、大概でしょ?」
長く生きるかどうか、傷が早く治るかどうか、純鈴にとっては、ヤチタカの体質は確かに普通ではないが、震え上がるような違いがある訳ではない。自分と同じ人で、気味が悪いとは思わない。それよりも、ランの事が少し分かって、少し近づけた気がして。それが嬉しくて、そちらの方が純鈴にとっては大事な事だった。
純鈴が笑って言えば、ランはきょとんとして、やがて力無く笑った。
「…あなたは、優しいですね」
ランの穏やかな声が嬉しくて、純鈴は笑った。
優しくなんてない、ランとの違いなんて、個性の一つと同じ。もし落ち込んでるなら、励ましたいと思った。それは、ランがいつもしてくれた事だ。嘘の上にあった思いだとしても、ランの優しさに嘘はなかった。だから、惹かれていった。その手が誰とも変わらず温かい事を、ランが教えてくれた。
純鈴が優しいのはきっと、ランが優しかったからだ。
そうして歩いていると、後ろから駆けてくる足音が聞こえてきた。純鈴は思わず身構え、ランは直ぐ様、純鈴を庇うように前に出たが、その肩は間もなく脱力した。
「あっちも無事だったようですね」
純鈴を振り返ったランは安堵の表情を浮かべており、純鈴も足音の正体に気づくと、すぐにほっと息を吐いた。やってきたのは迅だった。その服は少しよれて汚れているが、本人は問題無さそうだ。
「問題ありませんか?お怪我は」
「大丈夫だ。そっちは?」
「私も問題ありません。時谷は島の探索と、それから我々も捜索されています」
「え、大丈夫なの…?」
不安に声を掛ける純鈴に、ランは安心させるように肩を叩いた。
「大丈夫、そう簡単には見つかりませんよ。僕達も、島の秘密も。先ずは一度、安全な場所に身を隠しましょう」
その言葉に頷いて、純鈴はランの後を追った。




