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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ41


***



空はすっかり夕暮れに染まっていて、柔らかな潮風が頬を撫でていく。


「…ここが?」


島に上陸すると、その雄大な山の姿に驚いた。さすがに人の手が入っていないので、辺りは森と草原のような草むらばかりだったが、地面をよく見ると、ここが以前は舗装された道だったのが分かった。


「ここが、義父(とう)さんの…」


感慨深く思いランを振り返ると、ランの表情が強ばっている事に気づいた。隣の(じん)からも、緊張が窺える。純鈴(すみれ)には、その意味が分からない。研究者としての使命なのか、また別の理由があるのか。

でも、やるべき事は分かる。ランが何もするなと言っても、信一(しんいち)が島を片っ端からほっくり返すつもりなら、純鈴は止める気でいた。静清だって味方してくれるだろう。そこはランに怒られても、出来る事をするつもりでいる。

だってここは、義父であるコウシの故郷だ。

純鈴が決意を胸にランの顔を盗み見れば、ランは、ぎゅ、と拳を握り、まっすぐ島を見つめていた。







神のいない島というが、長年神の島と呼ばれているだけあり、島の空気が神聖な気がする。

単純に人が入らず、自然を残した島だからだろうか。


時谷(ときたに)の社員達は、船からショベルカーといった重機を下ろしたり、地図を広げたりと、既に秘密を暴く為の算段は立ててあるようだ。


やっぱり、派手に掘り返す気なんだと、純鈴は体に力が入るのを感じた。ここはヤチタカの血縁者として、堂々と言ってのけるつもりだった。

むやみやたらに捜索するのはやめて欲しいと。


「では、我々は捜索を始めようと思う。ペンダントをこちらに貸して頂けますか?」


にこやかに手を差し出す信一に、純鈴は胸元のペンダントを握りしめ、意気込んで一歩踏み出したが、すっとランの腕が前に伸びてきて、純鈴は早々に出端を挫かれた。


「純鈴さん、ペンダントを兄に」

「え?」


そのランの指示に、純鈴は驚いた。ペンダントは守るべき宝ではなかったのか。それを信一に渡すのか。そうしたら、こちらがペンダントの導きを阻止する事や、誤魔化す事が出来なくなってしまう。


「大丈夫、丁重に扱いますから」

「で、でも…」

「大丈夫、兄を信じて」


ランが純鈴の背に手をあて、そっと伝える。その声色は優しいものだったが、その瞳は渡せと命じているようだった。ランの変化に戸惑いつつ、純鈴が信一にペンダントを渡そうと手を伸ばすと、その手が信一にぐいと引き寄せられた。


「え、」

「純鈴、」


すかさずランが前に出たが、その体が背後から時谷の社員によって押さえつけられる。迅も同様だ、「動けば主も女も傷つくぞ」と信一の声を耳にすれば、それがただの脅しだったとしても、容易には動けない。


「ちょ、何!?」

「大人しくしろ、これで全て私のものだ、この島の秘密もお前の体も」

「え、」


信一の言葉に、純鈴は背筋に嫌な汗が流れ落ちるのを感じた。


「放せ!兄さん、話が違う!」

「私はお前の兄ではない!気安く呼んでくれるな、ただの研究者のはしくれが!私に提案なんて図々しいにも程がある」


信一は純鈴の体を引き寄せ、その顔を覗き込む。


「必要なのは、ヤチタカの血だけ。この体にその血が流れてるだろ?神秘を受け継ぐ細胞が」


その言い方に、純鈴は再びぞっとした。まさか本当に何かの実験に使われるのかと、恐怖が駆け巡った。

そのまま縋るようにランへ視線を向ければ、ランは珍しく、焦った表情を浮かべていた。


「ペンダントさえ渡せば、彼女はもう必要ないと、傷つけないと約束したじゃないか」


その言葉に、自分の知らない所でランが信一とそのような約束を交わしていたと知り、純鈴は驚きと共にショックを受けていた。

それでは、秘密が暴かれてしまう、ランはそれよりも、この命を守ろうとしてくれたのだろうか。そう思えば、胸が苦しくなった。

勿論、嬉しさや有り難さはある。けれど、ランだってヤチタカの秘密を守りたい筈だ、その為に、嘘をついて結婚までしたのに。

コウシの故郷を守りたい、純鈴の小さな決意は無駄と消え、結局何も出来ない自分に、悔しさと無力さを感じていた。


「それは今朝の話だろ?気が変わった。可能性は多い方が良い」


信一はランの言葉には気にも止めず、静清(しずきよ)を振り返った。


「ほら、研究者。この島の秘密を暴け」


ペンダントを持った手を出され、静清は慌てて駆け寄り、恐々とペンダントを受け取った。捕らわれた純鈴を見て、明らかに戸惑っている様子だ。


「あなたも人の領域を踏み外すのか。この島の秘密は、そのペンダントが導く。それを知れば済む話じゃないか」


ランの声が、不思議と空気に響いた。呟くような小さな声だったが、凛としたその声は、その存在感と共にこの場を支配するかのようだ。純鈴は勿論、信一さえも僅か戸惑いを滲ませているようだったが、それでも純鈴の腕を放しはしない。


「過去に行われた研究目的の実験は、ただの虐殺じゃないか。ヤチタカは何の為に生まれたんだ、あなた達の欲望の材料になるためか?」

「…何を言ってる、俺達は崇めてるんだ、不老不死の力を、そのための行為だ!」

「でたらめじゃないか、僕達は普通の人間なのに」

「なんだって?お前にごちゃごちゃ言う権利はない、権限は今、ヤチタカを得た俺にある」


ぐっと、見せつけるように体を前に出され、純鈴はよろめいた。ランは純鈴を見つめ、それから信一に目を向ける。深い黒の瞳が、容赦なく信一を貫くようで、純鈴は戸惑いを強めた。


「それは、偽物だ」


ランが呟いた直後、ランは自分を押さえていた社員の腕を振りほどいた。簡単に腕を振りほどけた様を見ると、彼はランに気圧されたのだろうか。


「早く捕らえろ!」


信一の焦った声に、社員が恐れながらも飛び出していくが、ランを捕まえていたその人だけは立ち止まったまま、その姿はすぐに他の社員に紛れ見えなくなる。



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