さよならのプロポーズ40
その後、純鈴達も部屋に戻った。その頃には、ランの様子も幾分いつも通りに戻っていて、純鈴は静清を呼んだ事について聞いてみた。
「恐らく、秘密を探る算段を立てるのに呼んだんでしょう。それについての資料は、全て僕が隠しましたから、いくら前社長の研究室を調べても出ない筈ですよ」
「そうなんだ…」
「彼の研究を頼りに、宝がどの辺りにどのような形で眠っているのか、目星がつけば探しやすくもなるからでしょう」
そうか、と納得しかけたが、静清のヤチタカを思う瞳を思い浮かべれば、再び疑問が沸いてくる。
「あの人、島を守りたいって言ってた。そういうのに協力するのかな?」
「するんじゃないですか?研究者です、好奇心はあるって言ってましたし、伝説が本物なのかどうか」
「…ペンダントが導くんだよね?」
「はい」
「…それってどういう意味?」
「島に着けば、わかりますよ」
「渡さないよね?こっちで探す場所を操作するんでしょ?」
「…急にどうしたんですか?」
質問を重ねる純鈴に、ランは不安そうに尋ねる。純鈴は、何だか落ち着かなかった、あの写真を見たからだろうか。あの写真を見た後から、ランの様子がいつもと変わったからだろうか。
「ねぇ、どうしてヤチタカを守るの?」
ランの問いには答えず、純鈴は更に質問を重ねていく。その様子にか、ランは肩を竦めた。
「研究者なら当然です。宝を欲しいとは思いませんが、先人達の残したものをただ守りたいだけです」
「それなら、やっぱり社長を島に入れない方が良かったんじゃない?」
「自分で納得しなきゃ、引き下がってくれないでしょ」
溜め息混じりの言葉からは、いつもの繕いが消え、どうしようもないといった、ランの思いが窺える。
その様子に、純鈴はどうしても消せない予感が募っていく。
窓に視線を向け、背中を見せるランに、純鈴はそっとその予感を投げかけた。
「…本当は、あなたがヤチタカの人間なんじゃないの?」
緊張が走った気がしたが、それは純鈴の心の内だけのようだった。やはりというべきか、ランは表情を変える事なく振り返り、そっと肩を落とすだけだった。
「それなら、あなたと婚姻を結ぶ理由がありません」
「…でも関係者なんでしょ?あの島に秘密を記したものはないんじゃない?あのペンダントこそ、本当の宝なんでしょ?ねぇ、何を隠してるの?」
勢い込んで純鈴は言うが、ランは小さく溜め息を吐くだけだ。それから、ゆっくり純鈴に歩み寄ると、そっとその肩に触れて瞳を覗き込んだ。
「あなたは何も考えず、僕の側にいればいい」
まるで、幼子に言い聞かせているようだった。深い黒の瞳は、純鈴を惑わすように見つめてくる。純鈴は耐えきれず、視線を俯けた。
「またそれ、」
「全て分かりますよ。分かるまで、何も知らない方がいい、どうせ信用出来ないでしょうから」
「…は?今更それ言うの?」
まるで突き放すような言い方に、純鈴はカチンときた。
「…もういい」
「どこへ行くんです」
「部屋に戻る!」
「そう言ってうろつかれても困ります、ここに居て下さい」
手を捕まれ、引き戻される。その少しだけ揺れ動く瞳に、純鈴は幾分臆したが、それでも自分の思いを引く事が出来なかった。
突き放すくせに、側にいろという。何も知るなという。
怒れば不安そうな顔をして、どれが本当のランかまた分からなくなる。
「…これじゃ協力のしようがないじゃない。秘密は共有してた方が相手を騙しやすいでしょ?」
「…問題ありません、あなたは自分の血筋を最近知ったばかりだと兄は信じてる。何も知らない方が相手を欺けます」
「それに、あなたはすぐ態度に出る」そう言われ、純鈴はあからさまに怒った顔を見せて、それ以降はランと口を開かないように努めていた。
我ながら子供っぽいとは思うが、こうでもしなきゃ、苛立ちが治まりそうもなかった。
ランも迅も、それからは純鈴に何も言わない。ただ黙って、窓の向こうに見える海を見つめていた。
それから随分時間は経ち、昼食を挟んで純鈴は寝不足がたたっていたから眠ってしまい、その内に、船は島に着いたようだった。部屋の外からは、慌ただしく駆ける時谷の社員達の足音が聞こえる。
「さあ、僕らも行きます、部屋の外に居るので準備をして来て下さい」
「え、」
そう言われ何気なく頭に手をやると、寝癖でボサボサになっていた。そして、ラン達が同じ部屋に居る中、自分がぐっすり熟睡していた事に今頃気づき、純鈴は真っ赤になって飛び起きた。
ホテルの時と違って、ラン達は純鈴と同じ部屋に居た。それはきっと、純鈴の安全を考えての事だろうが、まさかずっと寝顔を見られていたなんて恥ずかしすぎる。
不貞腐れて口も利かずに寝顔を晒していたなんて、それこそ子供みたいじゃないかと、純鈴は頭を抱えたくなったが、今は外に出る準備が先だと、慌てて荷物やら身だしなみのチェックを行った。
島で何があるか分からないので、貴重品や必要そうな物は予めリュックに詰めておいた。その中に、ペンダントの入った木箱がある。純鈴は木箱からペンダントを取り出すと、それを首にかけ、服の内側に隠した。そして、確認を終えて部屋を出ようとして、ベッドの上に放られている髪飾りに目を止めた。
「…まぁ、お守りだもんね」
さすがに髪につけても汚すと思い、丁寧にハンカチにくるむと、そっとリュックの中にしまう。いくら喧嘩して腹を立てても、何を信じていいのか分からなくなっても、ランの全てを信じられない訳じゃない。
貰った優しさは、純鈴の心を支えている。
純鈴はリュックを背負うと、足早に部屋を飛び出した。




