さよならのプロポーズ39
「え、ランさん…?これ、何の写真なんですか?」
純鈴が戸惑いながら尋ねれば、ランが口を開くより早く、静清が声を潜めながらも、興奮した様子で話し始めた。
「何言ってるんです!これは、ヤチタカの貴重な資料です!」
「ヤチタカの?」
「この大きながたいの男性は、時谷の創設者の男性です。で、こちらの若い男性は、ヤチタカの島から逃げてきた人物です!」
「え、」
それを聞いて、純鈴は再びランとスマホとを見比べた。写真は古く白黒写真だが、顔はどう見てもランだった。
「時谷さんは、ヤチタカの島から、」
「バカを言わないで下さい。僕はヤチタカ研究の一人ですよ」
ランはからりと笑った。
「僕も瓜二つで驚きましたが、ヤチタカの人間は、髪の色と瞳の色が日本人と違うんです。だから、異端児だとすぐに分かってしまったと、文献にありませんでしたか?僕の髪も瞳の色も、日本人特有の黒です。何より、僕がヤチタカの人間だったら、兄が黙っていませんよ」
確かにそうだ。それに良く見ると、白黒写真ながら、髪色と瞳の色の色素が薄いのが良く分かる。だが、他人同士がこんなに似る事はあるのだろうか。
だが、ランの言葉を受け、静清はだんだんと表情を翳らせていった。
「…そう、ですよね、失礼しました。つい、そう思い込み舞い上がってしまって」
しょんぼりする静清からは、信一のような野心は見受けられない。純粋に研究者として、ヤチタカの人間に会いたかったのだろうか。
「どうして研究を?」
居心地が悪くなったのか、ランが水を向けると、静清は幾分表情を明るく染めた。
「あの港町のランタン祭りの研究をする中で、近辺の島の調査もしていたんですが、誰もヤチタカの話をしたがらない事に気付いたんです。呪われた神の島だって」
「それで興味を」
ランの声が冷たく感じたが、静清はそれには気付かず、どこか寂しく眉を下げた。
「そこで生きていた人を知っているのに、皆が口を閉ざしてるのは、あんまりじゃないですか」
寂しそうな笑い顔に、純鈴ははっとした。
「それに、勝手じゃないですか。勝手に荒らして命を奪って。神の怒りをかうかもしれないけど、僕は出来るなら止めたいです、その為に来たんです…半分は好奇心ですが」
こういう人も居たのかと、純鈴は驚いていた。すぐにランを見上げたが、その表情は窺う事が出来なかった。
「…その写真、兄には?」
「まだ見せていません。大事な文献ですので…あ、すみません、そういう意味ではないんですが」
「いえ、全て奪われてしまうでしょう、兄は望みを全て手に入れたい人だ、失いたくないなら手放さない方がいい」
静清は深刻な表情で頷き、スマホをしっかりと重たそうな鞄に押し込めた。
「…兄とはどこで?」
「ヤチタカの研究者を探していたようで、それでどう調べたのか僕の元へ。今まで時谷の前の社長さんにアプローチしても叶わなかったので、とても驚きました」
「そうでしたか…」
それから感激した様子で、静清はランを見上げる。
「まさか本当に、ヤチタカの血縁者の方に会えるなんて!確かあなたが」
「はい、僕の妻です。父方が島の出身だったようで」
「あなたが…!ヤチタカについて伝え聞いている事は?ヤチタカの出身の方は、やはり伝説通りの体質なんですか?それとは別に、神の子は神秘な力を秘めていたりするんですか?あなたの体質は普通も違うんですか?」
キラキラと輝く瞳に気圧される、純鈴が何か口を開く前に、迅がそっとその肩を押して静清を下がらせた。
「…まだ本人も困惑しているんです、ヤチタカの事なんてついこの間知ったばかりで、こんな事に巻き込まれているので、申し訳ないですが」
「そ、そうでしたか!それはまた、失礼しました…!」
理由を言うと、静清はさっと身を引いてくれる。随分素直でいい人そうだ。
しかし、ヤチタカの血縁者を前にしても、静清はついランを見てしまうようだ。あの写真の男性を、まだランから切り離せないのかもしれない。それから、どこか夢見心地で静清は口を開いた。
「何だか、運命めいたものを感じてしまいますね」
「…運命、ですか?」
ランが眉を寄せた。
「僕の勝手な思いですが。あの写真とそっくりのあなたが、ヤチタカの血縁者と巡り会うなんて」
「…とはいえ、最近まで知らなかった訳ですから。妻も血縁者とはいえ、普通の人と何ら変わりはありませんよ。なのでまさか、ヤチタカの血を引くとは、僕も思いもしなかったので」
「びっくりしたよね」なんて、親しげに話を振られ、純鈴は中睦まじい夫婦らしく、にこやかに頷いた。
随分軽やかに嘘をつけるものだと思ったが、その嘘には自分も翻弄されていたんだと思い出し、純鈴は何とも言えない気持ちになった。
「それこそ、天の導きじゃないですか!時谷さんに守って欲しかったんですよ、ヤチタカの島を。研究者なら、守りたいと思うのは当然の事ですから」
「…そうですね」
ランはそっと頬を緩めたようだが、最後はどこか顔がひきつっているようにも見えた。直前までは、あんな流暢に嘘をついていたのに。
それから、静清にはくれぐれもと釘を刺し、彼とはその場で別れた。何故信一が、わざわざ他の研究者を呼んだのかは分からないが、彼は彼で信一から仕事を頼まれている様子だった。
もしかしたら、島の秘密を隠している事に対し、疑問を持たれているのだろうか。静清が一体どこまでヤチタカの事を知っているのか、聞いておくべきだったのではないか。そう思いランを見上げるが、やはりランの表情は不安定で、純鈴は声を掛けるのを躊躇ってしまった。




