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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ38



そして、(じん)の言っていた通り、港にいた大勢の社員達が乗船を終えると、船は出向した。

勿論、大勢の社員達は信一(しんいち)の親族でも、ランの親族でもなく、時谷(ときたに)の普通の社員だという。

信一は、「社員も私の家族、私の家族はランにとっても家族だ」と、どこぞのガキ大将よろしく言っていたという。こうなっては、連れて行く以外に方法はないと、ランは反対もしなかったようだ。



ずっと船室に居るわけにもいかないので、純鈴(すみれ)もラン達と共に船内を見る事にした。

時谷の社員達は、船員に混じり、何やら慌ただしく動き回っている。純鈴達を船内に案内した社員と違い、皆、水捌けの良さそうなジャンパーに作業着姿で、デッキに出ても、駆け回る彼らの姿があった。上陸してからの準備でもあるのか、一体島をどう調べるつもりなのかと、純鈴は気を揉んでいたが、ラン達は焦りも見せずいつも通りだった。


「…爆弾とか、仕込んでるのかな」

「…映画の観すぎじゃないですか?宝の形状がどんな物かも分かっていない筈ですよ。むやみやたらに吹き飛ばしはしないでしょう」


半ば呆れたランの声に、それもそうかと、純鈴は頷いたが、いやもしもの場合もあるのではと、また不安に駆られる。爆弾を自分に向かって使う可能性もあるのではと、純鈴は再び身震いを覚えた。寝不足のせいか、なかなか冷静に物事を考えられないみたいだ。

ふと視線を感じて顔を上げると、ランがこちらを見て頬を緩めたので、純鈴は考えが読まれたのかと思い、頬を熱くした。


「わ、私だって、いつもはもう少し冷静に物事を考えてますから!」

「え?何の話ですか?」


急に憤慨され、ランは訳が分からず戸惑っている。

やはり、今の純鈴は、冷静に物事を考えられないようだ。


「…あの、」


やいのやいの言い合っていると、第三者に声を掛けられた。弱々しい声に振り返ると、そこには、時谷の社員達とは違い、ラフなパーカーにジーンズといった出で立ちの青年がいた。重たそうな黒髪に、眼鏡を掛けている。ランの前髪も重たそうだと思っていたが、彼と比べると、ランの方が断然爽やかだった。青年はどこか自信が無さそうに背中を丸め、体型も細身だ。だが、その細身な体では気の毒に思える程、大きな荷物を傍らに下げていた。

この船に乗っているという事は、時谷の関係者だろうか。


純鈴がぼんやりしていると、すぐにランが純鈴の腕を掴んで自らに引き寄せ、迅がその前に立った。突然現れた厳つい風貌の男に、青年は肩を跳ねさせ、思わずといった様子で後退った。

時谷の関係者にしては、随分な弱腰だ。純鈴は不思議そうにランの背中越しに彼を見つめた。


「何かご用ですか?」


ランのピンと張りつめた声は、まるで刺すように青年に向かっていく。青年は再び肩を震わせたが、慌ててお辞儀をした。


「突然すみません、ぼ、僕は沢田静清(さわだしずきよ)といいます。ヤチタカの研究者として、時谷社長に声を掛けられ、今回の調査に同行する事になりました」

「研究者?」


純鈴は思わずランを見上げたが、ランは眉を潜めている。同じ研究者でも知らない顔なのか。

それにしても、ランも知らない研究者となれば、ヤチタカとは意外と知られているのかもしれないんだなと、純鈴は思った。


「…そうでしたか。僕は、時谷ランといいます、社長の弟です」

「あなたが…」

「僕も元は研究者なんです。前社長の元でヤチタカに関する研究を行っていました」

「そうだったんですね…!あなたのおかげで、僕はあの島に行く事が出来ます、ありがとうございます!」


再び頭を下げる頃には、静清の印象は変わっていた。好きな事や興味のある事に関しては、生き生きとして、前のめりになるタイプのようだ。

静清は、見た所まだ若く、大学生位に見える。ヤチタカとは、若い人が調査したくなる島なのだろうか。

しかし、ランの事を知っていて、更にはヤチタカの研究をしているのだ、きっと、ランの伴侶がヤチタカの血縁者と知っている筈。それなら、真っ先に純鈴に視線を向けそうなものだが、静清は何故かランに釘付けだった。


「…あの?」


それにはランも困惑しているようだ、釘付けという言葉を、これほど体現している人もそういないだろう。

ランが声をかけると、静清は、はっとした様子で眼鏡のフレームを押し上げ、慌てて頭を下げた。


「すみません、不躾に。気分を害されたら申し訳ありません」

「…いえ。兄とは、兄弟といっても血は繋がっていませんから、似ていないでしょう?」


似てない兄弟だと思われているのかと、ランは思ったようだが、それに対して静清は首を横に振った。それは建前ではなく、別の理由があるようだった。


「いえ、社長ではなく…ある方にとても似ていたので、まるで生き写しのようで、つい…」

「え?」


ランがきょとんとすると、静清は何故か焦った様子で、慌ただしく動き回る社員達に目を向ける。誰かを探しているのだろうか。


「…兄でしたら、先ほど船内に居ましたが」


ランが察して伝えると、静清はどこかほっとした様子で、再びランに向き直った。


「あの、これ、見て下さい」


そう言って静清はスマホを取り出し、画面をランに見せた。その画面に映るのは古びた写真のようで、それを見たランは目を瞪った。


「…え」


ランの背中越しにそれを覗いた純鈴も驚いた。その古い写真に写る人物は、二人。がたいの良い男性と、その隣に写る人物は、ランにそっくりだった。



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