さよならのプロポーズ37
指定された港の駐車場に車を停めると、恐らく信一が乗って来たのであろう黒塗りの車も一台停まっていた。
何人か連れてくるのかと思ったが、他に関係者らしき人の姿はない。信一は言い伝え通り、親族の枠内で収まっている自身のみで、島に乗り込むつもりだろうか。
それなら、いきなり島が荒らされるような事には、ならないかもしれない。ランが上手く誘導するだろうし、何十人も一斉に穴を掘るような事もないだろう。
それに、どんなに探しても宝はここにある。と、純鈴はすっかりペンダントが大事な宝だと思い込んでいる。
港には、大型の船が停泊していた。日本一周でも出来るような船だ。確かに乗船時間は長いし、時谷の社長が行くのだ、豪華な船もありえるが、船員は別として乗客は四人だ、この人数では少々豪華過ぎないかと、純鈴は呆気に取られていた。
「お待ちしておりました。社長は手続きを済ませておりますので、皆さんは中でお待ち下さい」
時谷の社員だろうか、信一の車の脇に立っていた男性が駆け寄ってきて、丁寧に誘導してくれる。恐らく車の運転も彼がしていたのだろう、彼は純鈴を見ても顔色一つ変えないので、純鈴はほっとした。
そういえば昨夜、迅が今日の為の準備やらで居なくなっていたが、船の手配は時谷側がやっていたようだ。船と上陸の手続きは別ものなのかと、純鈴はぼんやり思いつつ、ランの後に続いて船へと向かった。
ランは時谷の社員と、穏やかに会話をしている。聞こえてくるのは、世間話ばかりだ。相手も穏やかそうな見た目だが、時谷の人間、呑気な猫を被って、その下には恐ろしい本性を隠しているかもしれないと、純鈴は幾分ランとの距離を詰めた。先程、信一と会ったせいか、何でも怪しく見えてしまうようだ。
ランの足元を見つめながら、そういえばと純鈴は再び思いを巡らせる。
後ろにいろって、こういう事だったんだな。
先程の信一との対面で、それを思い知った。分かっていたとはいえ、頭で考えるよりも現実は遥かに純鈴を臆病にさせた。ランの関白宣言は、純鈴を守る為の条件だった。今更ではあるが、不満を言っていた事に反省した。
純鈴は、ランをそろと見上げる。
ランに対する最初の印象は、子犬だった。その次は憎き相手。
それから嫌味な婚約者となり、今は頼りになる偽りの伴侶。
最初こそ華奢だと思ったが、その背中が意外と逞しい事を、純鈴はもう知っている。
ランについてはまだ分からない事が多いが、ランが優しい人なのかは分かる。つい喧嘩してしまうのも、結局はランの事を知りたいからだ。
分かり合いたい、側に居たいと望んでいるからだ。
時谷の社員に案内されるがまま、船内に入った。内装も、ホテルのように豪華で、レストランや娯楽室もあるらしい。
「うわ…」
客室も、まるでホテルの一室のようで、純鈴は思わず感嘆した。部屋割りは、昨日のホテル同様、ランと純鈴で一室、迅に一室が割り当てられていた。一晩を過ごす訳ではないが、それでも後から昨日のようにランは迅の部屋に行くのだろう。
純鈴が何気なくランを見上げると、ランは部屋を見て何か察した様子で小さく溜め息を吐いた。
それから、船室の説明を軽く受けると、社員は去って行った。
「これ、時谷の持ち物なの?こんな大きな船、貸し切りにしたらいくらかかるの?」
少しだけ好奇心がもたげてくる純鈴だったが、ランの表情は純鈴のそれとは違っていた。
「一体、どれだけの人数を島に連れていくつもりでしょうね」
「え?私達だけじゃないの?親族だけってルール信じてるんでしょ?」
「信じていたって、目的の前では関係ないんですよ」
ランは船室を見渡した。室内にはベッドが二つにテーブルとソファー、シャワー室とトイレも完備されている。窓からは港が見えた。すると、黒塗りの車が何台も港に停まっているのが見えた。先程は信一の車しかなかったのに。
「あなたはここに居て下さい。迅を呼んできます」
「え、ランさんは?」
「兄と、その他の皆さんに挨拶をしてきます」
「その他?…じゃあ、私も、」
「大丈夫、挨拶といっても様子を見に行く程度ですから」
にこりと、久しぶりに子犬の顔で微笑まれ、純鈴は何も言えずに、頷くだけだった。これは、絶対来るなという意思表示だ。
間もなく迅がやって来た。船内でも、サングラスとその背筋が緩む事はないようだ。お茶をすすめても断られてしまったので、純鈴は手持ち無沙汰に、ソファに腰かけた。
「あの、社長以外にも誰か島に行くんですか?」
「窓の外を見ましたか」
固い声に頷けば、迅がそのまま窓へ向かうので、純鈴も倣って窓へと向かった。
「恐らく、集まっている時谷の社員は、全員乗り込むでしょう」
「…え、全員!?」
「彼らが社員かどうかは分かりませんが」
「え…親族って事?」
「その可能性はありません。この間のような連中が、混じっているかもしれないという事です」
迅の言葉に、純鈴は思わず身震いした。再び窓の外に視線を向ける。だから、こんなに大きな船で向かうのかと、納得した。
「…あの、島はそれだけ大きいの?」
「大きさで言えば、八丈島よりは小さいくらいでしょうか」
「え、結構大きいんですね…」
もっと小さな島かと思っていたが、その規模だと宝探しも容易ではないなと、純鈴は人数の多さに納得した。
「…でも、それなら、ビギナーズラックなんて確率は大分下がりますね。ペンダントを渡さなければ良いんだから。ペンダントの導きとは逆の方向に誘導したりするんでしょ?」
どう欺くのか聞いていないが、そういう事だろうかと純鈴は尋ねたが、迅は何も答えてくれなかった。何かまずい事を言っただろうかと純鈴は悩んだが、そもそもこんなに会話が続いている事の方が珍しい事に気付き、一先ずランの帰りを黙って待つ事とした。




