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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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36/73

さよならのプロポーズ36


***



「いいですか、兄には気をつけるように。あなたは僕の伴侶だという事を忘れないように」


早朝も早朝、ほとんど眠れずに起きていた純鈴(すみれ)に、ランはくどくどと繰り返す。子供じゃないんだから、良い大人なんだから一度で理解出来るし、既に肝に命じている。

言い返したくても、寝不足の頭では言い返すのも億劫で、おざなりの返事しか出来ない純鈴を不安に思ったのか、ランはくどく念を押していた。




「ラン、純鈴さん、おはよう」


ホテルを出ると、信一(しんいち)が待ち構えていた。

何で社長がここに。と疑問を抱いたのは純鈴だけのようで、ランと(じん)は当然のように信一と接している。港に行けば嫌でも顔を合わすのに、来る事が分かっていたのだろうか。

ランと軽く会話をしながら、信一はさりげなく純鈴の側にやって来て、そっと手を取ろうとした。驚いた純鈴が手を引っ込める前に、ランが焦った様子で信一の手首を掴み、迅が信一と純鈴の間にその逞しい腕を盾のように間に入り込ませた。


「おいおい、何もしないよ。ただ、謝罪を申し上げたかったんだ」


信一は困り顔を浮かべ、両手をホールドアップさせた。

ランは信一を睨みつけながら、純鈴を背に隠し、そっと迅の腕を下げさせた。


「この間の事ですか?彼女を襲わせましたね」


まさか信一からその話が出るとは思わず、純鈴は戸惑いながら、ランの背中越しに信一を見上げた。

シラをきって、空とぼけると思っていたのだが。


「純鈴さんが怯えるのも無理はありませんね。先日は、私の部下が失礼しました。何を勘違いしたのか、あんな野蛮な連中を遣わせたようで。ほら、私が純鈴さんを欲してると」


口調は穏やかだが、その言葉に込められているのは、恋愛のそれではなく、純鈴の命だ。信一は誤解だと言いたいのだろうか、純鈴は背筋に悪寒が走り、無意識にランの服を握った。


「…この人は、僕の伴侶です。あなたに渡すつもりはありません。誤解だと言い張るのなら、彼女に時谷の人間を近づけさせないでくれませんか」


ぎゅっと、後ろ手に手を握られ、純鈴は不意打ちにどきりと胸を跳ねさせた。不安がランに伝わったのだろうか、安心させようとしてくれたのだろうか。

純鈴はそっと手を握り返した。服を掴むよりも、ずっと安心を得られる。鼓動は落ち着きそうもないが。


「勿論だよ、今日は念願叶って島へ向かえるんだ、お姫様の許可がなくてはそれも叶わない事、あんな事はさせないよ」


信一は、にこやかにランの肩をぽんと叩いたが、その瞳はランの背中に隠れる純鈴に向いていた。今度は別の意味で胸が跳ね、純鈴は俯いてその顔を伏せた。

信一の瞳は、形はにこやかだが、その瞳の奥には穏やかさの欠片も見当たらない。純鈴には、恐怖でしかなかった。


「では、港でね」


そう、ひらりと手を振ると、信一は待たせていた黒塗りの車に乗り込んで、先に港へ向かった。車の音が遠退いていくのを聞いて、純鈴はようやく安堵して顔を上げた。


「申し訳ありません」


その矢先、迅が頭を下げるので、純鈴は驚いて顔を上げさせた。


「だ、大丈夫ですから、何も無かったし」

「いえ、僕も油断しました。怖かったでしょう」

「え?だ、大丈夫だよ」


笑う純鈴だったが、繋がれたままの手を持ち上げられれば、自分の手が軽く震えている事に気付き、慌てて手を引っ込めた。


「…車を回してきます」


俯く純鈴を見て、迅がそう言い残し離れていく。ランは視線を彷徨わせていたが、不意に口を開いた。


「昨日の髪飾り、持っていますか?」

「え?はい…」


そう頷いて、純鈴は鞄を開けようとするが、まだ手が強ばっているのか、上手く開けられずにいると、ランが鞄を持って、開けやすいようにしてくれた。それに礼を言いつつ、ハンカチにくるんで入れていた髪飾りを取り出すと、ランがそっとそれを手に取った。


「これはこの地域の伝統工芸品で、薄く細く削った木を丁寧に編み込んで作られるそうです」


そう言いながら、昨夜よりも丁寧に純鈴の髪に触れ、髪飾りをつけていく。


「何重にも重なって編み込むのは、見た目の華やかさの為だけではなく、魔除けの意味も込められていると言います。この一つ一つの繊細な木が、あなたに振りかかる不幸を代わりに吸収して、厄災から身を守ってくれるとか」


ふわ、と髪飾りに触れた手が離れていく。ランは穏やかに微笑んだ。


「本当かどうかは分かりませんが、お守りがあると思えば、少しは心強く思えませんか?」


少し眉を下げて微笑む姿に、純鈴は暫し見惚れていた。ランを包む空気は優しさに満ちて、昨夜閉じられた扉の内側に入れて貰っているような感覚にさえなる。

純鈴は、せっかくランが勇気づけてくれているのに、別の事を考えている自分が恥ずかしくなった。焦って視線を俯けると、それを誤魔化すように、ランがつけてくれた髪飾りに触れた。


「…はい、ちょっと安心できるかも…」

「なら良かった」


ほっとした声が、純鈴の心を震わせる。ランがころころ表情を変える事は、今に始まった事ではない。相変わらず、深い黒の瞳は吸い込まれてしまいそうで、本音がどこにあるのか見えなくなるけど、今はその心を許してくれているような気がした。




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