さよならのプロポーズ31
少しして、ランタンを飛ばす為のカウントダウンが始まった。明るい声のホテルスタッフの女性が、マイクを通して楽しい気持ちを煽るようにアドリブを挟みながら、カウントのコールをする。
「サン、ニー、イチ、はい、皆さん、空へ願いを飛ばしましょう!」
その声に、純鈴もそっとランタンから手を放す。
「…さよならだ」
ぽつり呟いたランの言葉は、寂しく空へ消えていく。
直後に、まだ幼く可愛いカップルが手を繋いで、純鈴の側を駆けていく。つられて視線を向ければ、周囲の賑わいが戻ってくるようだった。
その音に掻き消されそうな声だったが、確かにランは、さよならと呟いた。
どういう意味だろうと、純鈴は何だか不安に駆られ、ランを振り返るが、ランはまだ空を見つめている。
漆黒の夜空に、淡い灯りを纏ったランタンが飛んでいく。
ランは、何か願っているのだろうか。その瞳に、何を隠しているのだろう。
美しい筈の空がどうしても寂しくて、純鈴は早々に顔を俯け、ランがその足を動かすのをただ、待っていた。
裏庭からホテルの前庭へ戻ってきても、まだその賑わいは続いていた。先程の可愛いカップルも、ある出店の前で足を止めていた。
「ランタン祭りの名物のアクセサリーや髪飾り、思い出に一ついかがですか?」
店主の女性が、行き交う人々にそう声をかけている。あの可愛いカップルも、髪飾りを見て寄り添っていた。
「ふふ、可愛い」
「…見ていきますか?」
「え?」
純鈴は、子供のカップルを見て可愛いと呟いたのだが、ランは商品の事を言ったと勘違いしたのかもしれない。再び手が握られ、その事にどきりと胸を高鳴らせてしまい、純鈴は抵抗するのも忘れて、ランにされるがままだった。
他のお客さんに混じり、ランは髪飾りを一つ手に取った。やはり、純鈴が商品を見て可愛いと言ったと思ったようだ。
そこには、色とりどりの花の飾りがついた髪飾りや、ペンダント、ピアスといった物が並べられていた。
「これですか?僕がお支払しますから」
「え、待って、いいよ!自分で払うから!そうでなくても、色々出して貰ってるのに」
財布を出す為、慌てて手を放そうとするが、ランはがっちり純鈴の手を握っているので、放せそうもない。きっと、わざと強く握っている。
「あなたには、届けを勝手に出したり、振り回してばかりなので、お礼をさせてほしいんです」
「こんなものでは足らないでしょうが」と、ランはそう言うと、自分で商品を身繕い、さっさと会計を済ませてしまった。
伝統工芸なのだろうか、木材が繊細に編み込まれた、淡い色合いの花が小さく二つ寄り添った髪飾りだ。
あのペンダントの花に似てる気がする。
「あなたには、淡い色が似合いますね」
ランはそう優しく言いながら、そっと耳元に髪飾りをつけてくれる。
微かに指が耳を掠め、穏やかなその思いに触れれば、案の定、純鈴の胸はどっと跳ねた。
「…あ、ありがとう」
どくどくとうるさい鼓動が、手を伝わってしまったらどうしよう。そう思いながらも、その手はやはり振り払えなくて、純鈴は頬を熱くさせながら、手を引かれるまま、ランの後を追いかけた。
「あ、あの…気にしなくていいですからね、私だって望んで着いてきた訳だし」
こんなに気持ちが表情に出ていれば、もしかしたらランへの気持ちの変化に気づかれているかもしれない。
そう思い、とりあえず、あなたの事は何も思っていませんよ、どきどきしてませんからと、誤魔化す意味も込めて純鈴は言ったが、それに対してランは、何も言わずにそっと微笑むだけだった。
その表情を見た途端、繋いだ手が、何だか急に冷たく感じた。
ランの瞳が、どこか寂しく揺れていたからだ。
何も語らない背中は、こんなに近くにいるのに、ランが再び遠くにいるみたいな感覚にさせられた。




