さよならのプロポーズ30
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ランタンの祭りは、国内外問わず色々な場所で見られるが、この地域にも特有の伝説があるという。
それは、空に昇った女神の悲しみを癒すべく、空へ思いを伝え祈りを捧げたという名残から、今も願い事を認め、ランタンを空に飛ばす風習が残っているという。
カップル限定なのは、きっとイベント性を盛り上げる為だろう。ホテルの前庭で出店が出ていたのも、この為のようだ。
ホテルの宿泊客は、ホテルの裏庭からランタンを飛ばす事になっている。このホテルは高台にあるので、下の方から、灯りが空へ舞って昇っていくのが見えた。恐らく、ホテル以外でもイベントを行っており、そちらでもランタンを飛ばしているのだろう。
裏庭へは、ロビーからも行けるが、正面玄関から出て周りこんでも行けるようだ。まだ少し時間には早いので、純鈴達も出店の方へ行ってみる事にした。
出店には、宿泊客以外も利用出来るようで、多くの人で賑わっている。純鈴は、出店の賑わいに目を輝かせながら、ランの後を歩いていた。
「…あまり、キョロキョロしてはぐれないで下さいね」
「ホテルの敷地内ですよ?はぐれませんよ。例えはぐれても、裏庭で落ち合えるでしょ?」
純鈴が言いながらランへ視線を戻すと、そのじっとりとした瞳に、思わずびくりと肩を跳ねさせた。
「そう言って、はぐれた先に時谷の人間がいたらどうするんです?」
「…すみません」
謝罪に項垂れ、そういえばと、純鈴は首を傾げた。
「そういえば、三神さんは?裏庭に入れなくても、それまでは一緒に居れるのに」
「迅には、明日の準備をして貰ってますから」
そうか、許可なく入れない島だから、細かな手続きとか準備があるのかもしれない。それの確認を取っているのだろうか。
ぼんやり考えていると、ランは純鈴の手を握った。
「え、何!?」
「あなた、はぐれるでしょう。そうでなくても迅がいないんです。側にいて下さい」
そう不機嫌に言われたが、純鈴はランの不機嫌に気に留める余裕もなかった。予期せぬ接触に、戸惑い俯く。
体温の高い手が、文句を言いながらも優しく純鈴の手を握っている事。さっさと歩いていた歩を、今はゆっくり歩いてくれている事。
出店で賑わう声が、何だか遠くに聞こえてくるみたいで、今のこの時間が特別なものに思えてくるみたいで。
純鈴はじんわりと熱くなる手の平に、汗が伝わていないかと、余計な心配に囚われながら、走り出す鼓動に思いが乗ってしまわないよう、その思いを懸命に抑えていた。
前庭から裏庭への入口にはアーチが作られており、ホテルのスタッフ達が名前の確認と、ランタンを手渡してくれる。願い事の短冊は、部屋で既に書き込み済みだ。
短冊を貼る箇所は糊付けされているので、ランタンの側面に簡単に貼る事が出来る。飛ばすランタンは自然由来のもので、環境に優しい作りになっているそうだ。
そろそろランタンを飛ばす時間だ、裏庭には多くのカップル達が参加していた。ご年配から若いカップル、子供のカップルや性別を越えたカップルと、様々だ。
暗がりであまり見えないが、皆が明るい表情を浮かべているだろう事は、よく分かる。
純鈴は既に離れてしまったランの手を見つめ、それから気持ちを切り替えるつもりで、地平線を見つめた。港町のホテルからは、遠くに広がる海がどこまでも続いて見える。
ここからヤチタカの島は見えるだろうか、と思う中、ふと疑問が浮かんだ。
「ランさん、ヤチタカには観光とまでいかなくても、近くに見えるとか、伝承を聞く場所とかはあるんですか?知られていないとはいえ、島から近いこの町の人達は、島の事は知ってるんでしょ?」
不老の事実への受け止めはどうあれ、神の島と呼ばれているのだ。島からも近い町の人達は、家族からなど、何か島の事を伝え聞いてると思ったからだ。
「…無いでしょう。触れるのも憚られる神の島です、誰もが口にするのも恐ろしいとして、誰も話に出す事も、見る事すらなくなりましたから」
「それが、彼らだって本望でしょう」と、ランはヤチタカを思ってか当然のように言ってのけたが、その声は固く、海を見つめる瞳からは感情が読み取れなかった。
何か問いかけようかとも思ったが、ランの心が触れるのも憚るといった具合に、ピンと張りつめているような気がして、純鈴は声が出なかった。
その距離、僅か三十センチにも満たない。なのに、目の前で扉が閉じられたみたいに、疎外感すら感じてしまう。
さっきまで触れ合った手が遠い。純鈴は戸惑いに胸が苦しくて、手元のランタンに視線を落とした。
「…ランさんは何を書いたんですか?願い事」
話題を変えよう、これ以上遠くに行ってしまわないように。そう、躊躇いつつ口を開けば、ランはそっと表情を緩めた。
「…さあ、頼まれただけだからね」
「頼まれた?」
「正しくは、迅がね。どうせろくなことを願わないと思われてるんだろうな…」
それは、何度か会話に登場している、月岡の事を思って言ってるのだろうか。純鈴は尋ねたかったが、ランは頼まれた事も願い事も、きっと何も教えたがらないだろうと、再びその口を閉ざした。




