さよならのプロポーズ29
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目指してた港のある町には、夜には着く事が出来た。
移動には数時間を要したが、特に何事もなく、目的地に着く事が出来た。運転はずっと迅がしてくれていたが、運動と護衛に徹していたのか、相変わらずその声を聞く事もない。また、ランとの会話も、純鈴が変に疑いを掛けてしまった為に何だかぎこちなく、車内では空回る気遣いの隙間を縫うように、ラジオのDJだけが軽快なトークを繰り広げていた。
その重い沈黙を乗せた車が向かったのは、海を望める高台にある、立派なホテルだった。白い壁がライトで照らされる様は美しく、ホテル前の庭には、多くの人が集まっていて賑やかだった。見ると、出店まで出ている、まるでお祭りのようだ。
ホテルのフロントに向かうと、迅が手続きをしてくれる。
「月岡様でいらっしゃいますね。お待ち申しておりました」
どこかで聞いた名前だなと、純鈴はぼんやり思いつつも、まるでリゾートホテルのような穏やかで解放感のあるロビーに、キョロキョロと視線を巡らせ落ち着かなかった。
「珍しいですか?」
あまりにキョロキョロしていた為か、ランに含み笑いで声を掛けられ、純鈴は赤くなった。
「あ、あまり旅行とかしないから」
年甲斐もなくはしゃいでるみたいで、恥ずかしい。そんな呑気な旅ではないのに。
「そうですか、少しでも気が休まるなら良かったです」
柔らかに微笑まれ、思わずどきりと胸が高鳴る。優しい気遣いに、心がほっと解き解れるようだった。そこで終われば良かったのだが、ランはその言葉の後も、何だかおかしそうな含み笑いを見せるので、まるで子供扱いされた気がして、純鈴は赤くなりながらも不服に顔を逸らした。
これでは、深悠にされていたのと同じだ。
「素敵なホテルに宿泊させて頂き感謝します」
「新婚なんですから、ふて腐れないで下さい」
そっと耳打ちされ、純鈴は更に赤くなって勢いよく顔を上げた。
「あなたねぇ!」
そして、純鈴ははたと言葉を止める。フロントマンやボーイといったホテルのスタッフ達が、微笑ましそうにこちらを見つめており、純鈴の怒りはすぐさま萎れ、小さく身を縮めるのだった。
その後は、純鈴も大人しく部屋へ案内された。ホテル内は、まるで南国気分を味わえるようなアジアンテイストな内装で、清潔感と高級感に満ちながらも、心を豊かに楽に過ごせるような、そんな空間が広がっていた。
純鈴とランは夫婦扱いなので、同室に案内された。後に、隣の部屋の迅と変わる予定だ。
部屋の説明を受ける中、一緒にイベントへの案内も渡された。ランタン祭りと書かれたパンフレットには、願いを書く為の短冊も同封されている。
「え?イベント参加?」
「はい、ご予約の際にそう承っております。カップルやご夫婦限定なんですが、毎年人気を頂いているんですよ」
にこりとホテルのスタッフが教えてくれるが、純鈴がランを見ても、ランも不可解に首を傾げている。一先ずスタッフが下がってから、迅とこの部屋で合流するのが先決だ。
迅がやって来ると、ランは眉を寄せながら、「どういう事だ?」と、迅にパンフレットを押しつければ、迅は申し訳ない様子で小さく頭を下げた。
因みに、ホテルに来ても迅はサングラスを外さない。表情一つ変えない迅が、ランの前では少しだけその表情が分かりやすいような気がする。それも二人の関係性故だろうか、二人は長い付き合いなのだろうか。
「…まさか、三神さんが?」
「いや、こんな事考えるのは、あいつだな」
「あいつ?さっきの月岡って人?」
フロントでも聞いた名前だった。純鈴とランの結婚の秘密を知るのは、自分達三人と、母の花純、深悠。協力者含めて六人と言っていたので、残りの一人が、その月岡だろうか。
しかし、純鈴の問いには誰も答えてくれず、ランは迅に問いただすばかりだ。何だか除け者にされたようで、ちょっと気分が悪かった。
「…申し訳ありません。その方が安くあがるとか何とか…」
「え、その為?」
思わず口を挟んだが、費用はラン達が持っているので、純鈴は慌てて口をつぐんだ。
「…何を考えてるんだか、昔から良く分からないんだ、あの男は」
「調子の良い人間ですからね」
「…まぁ、その調子の良さに助けられた事もあるけどね」
困った様子で笑うランには、愛情が感じられる。月岡とは、一体どんな人物なんだろう。
「残念ですが、一緒に参加して貰えますか?」
子犬でも何でもない、ランは偽りのない穏やかな表情を浮かべた。これがランの素顔のような気がして、純鈴は思わずどきりとして、そんな胸の高鳴りを誤魔化すように、焦って頷いた。




