さよならのプロポーズ28
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「え、深悠さんが?」
「大苑さんの家は、ずっとヤチタカの人間を守ってくれている家なんです。だから、コウシさんも、安心してあの町で店を開けたんでしょうね」
ランから母の花純と店を守ってくれる人が深悠と聞き、純鈴は驚き、そして納得した。
深悠が結婚の話を聞いていたのも、商店街の事よりも先ず、ヤチタカが絡んでいたからだ。昨日二人で話込んでいたのも、今回の事に関してだろう。
「それなら、勿体振らないで教えてくれたら良かったのに」
「あれ以上、混乱させるのも気が引けましたから」
一応気を遣ってくれていたのか。現金な心は、そんな事で簡単に和らいだが、それなら、今ももう少し優しくしてくれても良いのにと、思わずにいられない。
「…深悠さん、義父さんに良く遊んで貰ってたって言ってたけど、そういう繋がりがあったんだ。それなら、深悠さんもヤチタカの事教えてくれたら良かったのに」
純鈴が溢すと、ランはそっと眉を下げた。
「普通に生きたかったんではないですか」
「え?」
「コウシさんの話です。ヤチタカの人間は、大分長生きですから。同じ年に生まれた人間が、どんどん年老いて人生を終えていくのに、自分はまだ若く、見た目は青年と変わらない。島を出れば、誰だってすぐに気づきますよ、痛々しい怪我もすぐに治る自分達こそ、奇妙なのだと」
ランは視線を落とし、手の平を撫で擦った。
「同じ所には留まれないから、保護を受けながらも各地を転々とする人間がほとんどです。コウシさんは、最後にこの町を選んだ、愛する人と出会って、家族を持ちたいと願ったんです。普通に生活を送りたかったから、自分の事を話さなかったんでしょう」
ランの左手の薬指には、純鈴とお揃いの偽物の指輪が光っている。純鈴はそれを見つめ、ふとランの横顔に視線を向けた。
「…あなたも、義父と会った事があるの?」
「研究者の想像です。僕は、大苑さんや、時谷の前社長から、話を良く聞いていたので」
苦笑うその表情に、先程までの冷ややかな雰囲気はない。愛らしい子犬のような、懐に入るのを許してしまうようなランの姿に、純鈴は頷きつつも、ランが何かを隠そうとしているのが分かった。
ランは自分の主張を優位に立たせようとする時、正体や気持ちを誤魔化そうとする時、この表情を見せる気がする。
ランの口振りは、単に研究者というよりは、心を寄り添わせているように感じる。
まるで友人を思うような。
反面、そんな筈ないだろうと思う自分もいるから、分からなくなる。
友人というには年齢差があるし、研究者として会った事があるなら分かるが、それもないという。
純鈴は、ランのその手を見つめる。
でも、ランがヤチタカの人間なら、あり得ない話ではない。
ランの手に傷をつけたら、その傷はどうなるのだろう。
「純鈴さん?」
声を掛けられ、純鈴はびくりと肩を跳ねさせた。思考の海から瞼を起こすと、一点を見つめていたその場所には、もうランの手はなく。焦って視線を上げれば、訝しむ表情を浮かべたランの顔が目の前にあった。
「え、!」
驚いて飛び退いたが、シートベルトのおかげであまり距離は取れなかった。
「車にでも酔いましたか?」
深く底の見えない瞳が、まるで心を覗くかのように見つめてくる。純鈴は更に焦って体を強ばらせた。
「い、いえ!ちょっと、その…義父の事を思い出してて…」
上手い言い訳も浮かばず、核心には触れないようにそう言えば、ランはどこか腑に落ちないような表情を浮かべたが、一先ず納得してくれたようだ。そっと身を引くランに純鈴はほっとして、居ずまいを正した。
まさか言える訳ない、あなた本当は、ヤチタカの人間じゃないんですか、なんて。ちょっとの切り傷で良いので、見せてくれませんか、なんて。例えヤチタカの人間だったとしても、そんな猟奇的な提案を飲む人間はいないだろう。
ちょっとの傷だって、痛い筈だし、なんだこいつと引かれて傷つくのは純鈴の方だ。
それに、ランがヤチタカの人間であるかどうかは、最初に説明を受けた時に否定されてる。例えもしそうだとしたら、今回の件で純鈴を巻き込む必要はない。
純鈴は、ヤチタカの人間、コウシと血が繋がっていると勘違いされているから、巻き込まれているのだ。ランがヤチタカの人間なら、ランが直接、信一と戦えば良いだけの事。
では、あのランの話振りから感じる、リアリティは、一体何だろう。
正体を知っても、結局ランの事は良く分からないままだと、純鈴は窓の外に視線を向け、小さく溜め息を吐いた。




