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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ28


***



「え、深悠(みはる)さんが?」

大苑(おおぞの)さんの家は、ずっとヤチタカの人間を守ってくれている家なんです。だから、コウシさんも、安心してあの町で店を開けたんでしょうね」


ランから母の花純(かすみ)と店を守ってくれる人が深悠と聞き、純鈴(すみれ)は驚き、そして納得した。

深悠が結婚の話を聞いていたのも、商店街の事よりも先ず、ヤチタカが絡んでいたからだ。昨日二人で話込んでいたのも、今回の事に関してだろう。


「それなら、勿体振らないで教えてくれたら良かったのに」

「あれ以上、混乱させるのも気が引けましたから」


一応気を遣ってくれていたのか。現金な心は、そんな事で簡単に和らいだが、それなら、今ももう少し優しくしてくれても良いのにと、思わずにいられない。


「…深悠さん、義父さんに良く遊んで貰ってたって言ってたけど、そういう繋がりがあったんだ。それなら、深悠さんもヤチタカの事教えてくれたら良かったのに」


純鈴が溢すと、ランはそっと眉を下げた。


「普通に生きたかったんではないですか」

「え?」

「コウシさんの話です。ヤチタカの人間は、大分長生きですから。同じ年に生まれた人間が、どんどん年老いて人生を終えていくのに、自分はまだ若く、見た目は青年と変わらない。島を出れば、誰だってすぐに気づきますよ、痛々しい怪我もすぐに治る自分達こそ、奇妙なのだと」


ランは視線を落とし、手の平を撫で擦った。


「同じ所には留まれないから、保護を受けながらも各地を転々とする人間がほとんどです。コウシさんは、最後にこの町を選んだ、愛する人と出会って、家族を持ちたいと願ったんです。普通に生活を送りたかったから、自分の事を話さなかったんでしょう」


ランの左手の薬指には、純鈴とお揃いの偽物の指輪が光っている。純鈴はそれを見つめ、ふとランの横顔に視線を向けた。


「…あなたも、義父と会った事があるの?」

「研究者の想像です。僕は、大苑さんや、時谷の前社長から、話を良く聞いていたので」


苦笑うその表情に、先程までの冷ややかな雰囲気はない。愛らしい子犬のような、懐に入るのを許してしまうようなランの姿に、純鈴は頷きつつも、ランが何かを隠そうとしているのが分かった。

ランは自分の主張を優位に立たせようとする時、正体や気持ちを誤魔化そうとする時、この表情を見せる気がする。


ランの口振りは、単に研究者というよりは、心を寄り添わせているように感じる。

まるで友人を思うような。

反面、そんな筈ないだろうと思う自分もいるから、分からなくなる。

友人というには年齢差があるし、研究者として会った事があるなら分かるが、それもないという。

純鈴は、ランのその手を見つめる。

でも、ランがヤチタカの人間なら、あり得ない話ではない。


ランの手に傷をつけたら、その傷はどうなるのだろう。


「純鈴さん?」


声を掛けられ、純鈴はびくりと肩を跳ねさせた。思考の海から瞼を起こすと、一点を見つめていたその場所には、もうランの手はなく。焦って視線を上げれば、訝しむ表情を浮かべたランの顔が目の前にあった。


「え、!」


驚いて飛び退いたが、シートベルトのおかげであまり距離は取れなかった。


「車にでも酔いましたか?」


深く底の見えない瞳が、まるで心を覗くかのように見つめてくる。純鈴は更に焦って体を強ばらせた。


「い、いえ!ちょっと、その…義父の事を思い出してて…」


上手い言い訳も浮かばず、核心には触れないようにそう言えば、ランはどこか腑に落ちないような表情を浮かべたが、一先ず納得してくれたようだ。そっと身を引くランに純鈴はほっとして、居ずまいを正した。


まさか言える訳ない、あなた本当は、ヤチタカの人間じゃないんですか、なんて。ちょっとの切り傷で良いので、見せてくれませんか、なんて。例えヤチタカの人間だったとしても、そんな猟奇的な提案を飲む人間はいないだろう。

ちょっとの傷だって、痛い筈だし、なんだこいつと引かれて傷つくのは純鈴の方だ。


それに、ランがヤチタカの人間であるかどうかは、最初に説明を受けた時に否定されてる。例えもしそうだとしたら、今回の件で純鈴を巻き込む必要はない。

純鈴は、ヤチタカの人間、コウシと血が繋がっていると勘違いされているから、巻き込まれているのだ。ランがヤチタカの人間なら、ランが直接、信一と戦えば良いだけの事。


では、あのランの話振りから感じる、リアリティは、一体何だろう。


正体を知っても、結局ランの事は良く分からないままだと、純鈴は窓の外に視線を向け、小さく溜め息を吐いた。




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