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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ25


***



「僕らが戻るまで、しっかり戸締まりしていて下さい。買い物があれば、僕が後からでも買ってきますので」

「あらそう?頼んじゃおうかしら」

「はい、スマホに送ってくれたら良いので」


そのやり取りを聞いて、花純(かすみ)とランはいつから連絡先の交換をしていたのかと、純鈴(すみれ)は驚きに目を見開いた。

もしかして、純鈴と結婚する為に外堀から埋めていく作戦でも立てていたのだろうか。

そんな事をぼんやり考えながら、車に荷物を運んで店内に戻ると、カウンターの向こう、厨房から出たまま立ち尽くしているランの姿があった。


「ランさん、」


声を掛けると、ランははっとした様子で、縁側に向けていた顔をこちらに向けた。


「…すみません、ぼーっとしていました」


朝早かったので、と取ってつけたように言うランに、純鈴は頷きながらも首を傾げた。別にただの小さな庭だ、見所も特にないので、恐らく本当にぼんやりしていただけなのだろうけど。

何となく、よそよそしいランの様子が気になった。






車は純鈴が運転を申し出た。ランも大苑屋(おおぞのや)の場所は分かっているが、ぼんやりしているランを気遣っての事だった。


大苑屋へ着き、いつものように声をかけると、やって来た深悠(みはる)は、純鈴の顔を見て微笑んだ。


「何だか久しぶりだな、純鈴。元気にしてたか?配達に来なくなったからさ」

「あ、その、別に特に意味はなくて、ただ、母さんと仕事の振り分けで、配達を変わっただけで」

「そっか。それにしても、ラン君と一緒とはねー。高屋(たかや)は安泰かな」


軽やかに言う深悠に、ランはいつもと変わらぬ様子で「任せて下さい」と迷いなく言うので、それが例え嘘と分かっていても、胸が温かくなる自分がいた。


そして気づく、純鈴とランとの結婚を受け入れる深悠に、少し前はあんなにショックを受けたのに、今は自然と受け入れられている事に。


そうか、もう深悠への思いは過去に出来たのだと、ちゃんと前に進めていたんだと、その結果が自分の気持ちにストンと収まるのを感じる。


長い片思いのおしまいはどこか呆気なく、けれど、この時を待っていたような気さえする。


純鈴は隣のランを見上げる。

こんな風に思えたのも、間違いなくランのせいで、ランのおかげだった。




それからランは、今日からは高屋としてお世話になる事があるだろうと、深悠に改めて挨拶をした。

挨拶とはこういう事だったのかと思うと同時に、この偽物の結婚生活がどんどん現実味を帯びていくようで、純鈴は些か緊張を覚えていた。


その後も、ランと深悠は二人で話したい事があるようで、純鈴は気になりながらも席を外した。とはいえ、目の届く所へ居ろと言うので、旅館の玄関口から、ぼんやりとランと深悠の姿を見つめている。


一体何の話をしてるのだろう。


そう言えば、深悠は純鈴とランの結婚を、随分前から知っていたように思う。


「…なんで、深悠さんに話したんだろ」


深悠とランに繋がりがあるとしたら、高屋の買い取りだ。深悠を安心させる為だとして、結婚したから高屋は存続するよ、なんて、真っ先に深悠に言う必要があるだろうか。それとも、母の花純のように、外堀から埋めていく作戦だったのだろうか。だとしても、純鈴が違うと否定したら、深悠はランを不審に思っただろう。


深刻な表情を浮かべる二人を見て、純鈴は自然と眉を寄せた。


なんか、釈然としない。

もう今更知っても何も変わらないのだけど、何か引っ掛かる。

けれど、その理由までは掴めず、純鈴は溜め息を吐くだけだった。





「大丈夫か?」


帰り際、深悠に声を掛けられた。柔らかな声は、心配を気取られないように言ってくれてる事が伝わってくる。深悠は、いつもこうやって声を掛けてくれる。相手の気持ちを察して、気遣って。人の気持ちに敏感なその力があるなら、純鈴の恋心にも気づいてくれても良いのにと、何度思ったかしれない。鈍感なのか、気づかない振りをしていたのか。ついこの間までは、もやもやして傷ついていたのに、今では冷静に深悠の顔を見る事が出来る。

そんな自分の気持ちの変化に、人とはこうして変わっていくのだなと、自分の事ながらしみじみと感じてしまう。

きっかけが必要だったのかもしれない。ランの姿が頭を過り、それを認めるのが釈だった事、今抱える思いがどこへ向かうのかも分からないが、新しい場所に自分がいるのだけはわかる。


純鈴は顔を上げ、深悠に微笑んだ。


「ありがとう、大丈夫だよ」

「…そっか、あまり無理するな」


少し安心した様子で、ぽんと頭を撫でられる。何故だか涙が溢れそうだったけど、純鈴はそれをぐっと呑み込んで、頷いた。




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