さよならのプロポーズ23
「勝手に!?それ、犯罪じゃない!私、一文字も書いてないけど!」
「偽造した事は、申し訳ない」
先程の申し訳なさそうな態度はどこへやら、婚姻届けに対しては、ランはいつもの子犬のように愛らしい顔で眉を下げた。
「ばれたら、どうすんの!てか、本当に出したの!?嘘じゃなくて!?」
信じられず、その襟元を掴みにかかる純鈴を、さすがに花純が焦って止めに入るが、母も困惑は隠せないようだ。
「ですが、婚姻を確認出来たから、あなたの命は一旦保留となり、兄は、まず島から調べようと目的を変えてくれた。これでもう少し時間を稼げますよ」
にこにこと言われたら、何だかそれが正しかった気すらしてくる。純鈴は力なく腰を落とした。本当に、ランは信一と血縁ではないのだほうか。時谷の前社長が亡くなり、信一が現社長に就任したのだから、義兄弟になって数ヶ月だろうに、兄弟揃って強引な所がそっくりだと、純鈴は呆れて声も出なかった。
しかし、ランに救われてもいるのは事実。ランの第一優先は、ヤチタカを守る事にあるが、その先には、純鈴の命がある。
起きた事は仕方ない、とにかく話を進めようと、純鈴は顔を上げた。
「…それで、えっと、どういうこと?これからどうするの?」
「僕は、兄の思惑を止める。あなたには、ヤチタカの血を引く者として島についてきてほしい」
「…でも私、本当は血は繋がってないよ?本当は、入っちゃ駄目なんでしょ?」
「それは、時谷の発案によるものですから、天罰を下すような組織はもうありません」
「…でも、大丈夫かな」
正直、騙し通す自信はないし、信一達と島に行くのは怖かった。もし、自分のミスで、ラン達が守ってきたものが崩されたら、もし、信一が自分の命へその矛先を向けてきたら。
顔を伏せる純鈴に、ランはそっと純鈴の手に触れた。優しい温もりに、純鈴は反射的に顔を上げた。
「大丈夫、あなたには危害を加えないようにします、僕が守りますから」
その真剣な眼差しに、純鈴は心が縫い止められてしまいそうで、騒ぎ出す胸に戸惑い、ランの手の下で、きゅっとその手を丸めた。
「…どうして、社長を止めたいの?縁のない島でしょ?」
「…先代達は、本気でヤチタカを研究していた。研究者にとって、その秘密を知るのは勿論大事だけど、その目的は島を守る事にあります。破壊なんて望んでいない。僕は、先代達の意思を受け継ぎたい、ヤチタカを守りたい、それだけなんです」
底の見えない瞳が、その思いを伝えてくる。純鈴の胸はその思いに突き動かされるように揺れた。
それに、どのみち危ない目に遭う可能性はあるし、そもそも結婚してしまっている。
純鈴はそれでも悩みながら口を開いた。
「…その間、母さんは?この店は、大丈夫なの?」
「僕にも宛てはある、島に行く間、ここは守ってもらえます」
その言葉に、純鈴は僅かにほっとした。それから少し躊躇いに瞳を揺らしたが、やがてきゅっと唇を結ぶと、意を決して顔を上げた。
「…分かった、行く」
「純鈴、」
純鈴は、心配そうな母を見て、「大丈夫だよ」と、その思いを宥めるように笑顔を作り、それから再びランに目を向けた。
結婚の条件として、忘れてはならない事がもう一つある。これは、ランが予てより提示していた条件だ。
「結婚しちゃったからには、時谷のこの店の買い取りも、なしで良いんだよね?」
強気になって言う純鈴に、ランは僅かに目を瞪り、それから、どこかほっとしたように表情を緩めた。
「勿論です」
「じゃあ、交渉成立ね!」
重ねた手を重ね、握手に変える。
純鈴とランは、この日から夫婦となった。
偽装夫婦生活への幕開けだ。




