さよならのプロポーズ21
「でもこれ、コウシさんの家ではお嫁さんにって、受け継がれているペンダントで…私もコウシさんのご家族には会った事ないから、そう伝え聞いただけなんだけど…」
母の花純も、突然の話に困惑しているのだろう。義父であるコウシには家族がなく、純鈴としても、祖父母といったら花純の方の両親だ。
花純が持って来た木箱は、あまり古びたといった感じでもなく、桐で出来た綺麗な箱で、赤い紐で蓋が閉じられていた。蓋を開けると、中には紫の布が敷かれ、その上に、花の形をしたペンダントが大事にしまわれていた。
「…まだ形も崩れないで残っていたのか…」
それを前に、ランは驚いた様子で、そのペンダントに見入っていた。
良く見ると、ロケットペンダントのようだ。
純鈴はランのその様子に、花純と目を合わせた。ランがこのペンダントを知っているという事は、コウシがヤチタカの人間というのは本当なのかもしれない。ランのその表情に、嘘は見えなかった。
「…これが、最初に言ってた、うちの秘宝なの?」
「はい。秘密を守る鍵、兄が欲しているものです。これが、秘密に導くと書物に書いてあったんです」
そう言いながら、大事そうに木箱の蓋を閉じるランに、純鈴は首を傾げた。
「でも、あの島で過ごさなきゃ、不老にはなれないんでしょ?このペンダントは何の為にあるの?」
「ヤチタカの秘密を記したものが眠ってる場所、その在処を示してくれるといいます。生まれて最初に口に含む果実、その在処も」
「そっか…その秘宝を書いた物を探し当てられたら…」
「いよいよ、あなたの体と果実とを調べようとするでしょう。そうなったら、また非道な実験が繰り返されるかもしれない」
あの社長は、本当にそんな事までする気なのだろうか。
純鈴は思わず身震いした。もし信一が昼間に来た時、信一の提案に頷いていたら、自分は一体どうなっていたのか。勘違いで命を奪われるなんて、たまったものではない。
「あの…その島は今どうなってるの?」
「国は滅んだけど、島は上陸できる状態です。手がかりを失っても豪商達は諦めなかった、それで、よからぬ企てを立てる人達から島を守る為に立ち上がったのが、時谷グループの創設者、先々代の社長です」
「え?」
「初代社長は、生き残ったヤチタカの人々を匿い、助けてくれた人達の一人だったんです」
「でも…え?どういうこと?」
純鈴は再び困惑した。助ける側の人が、今になってヤチタカの秘密を暴こうとしているのか。
「今と昔じゃ、立場が真逆になっているんですよ。あの時、時谷は、ヤチタカの人間の思いを受け継ぎ、誰も島に入らせないよう、監視をしていた。無断で入った者がいたら、所在を突き止め、本当に天罰にあったと思わせるような事を起こしたりしてね」
「…天罰…?」
最初聞いた時とは、天罰に対する思いが大分変わってくる。
純鈴が恐々尋ねると、ランは純鈴の思っている事が分かったのか、笑って肩を竦めた。
「人を傷つけたりとかではありませんよ。目の前で怪奇現象めいた事をするとか、ちょっとした…まぁ、不幸と思わせるような目に遭わせるとか、家への嫌がらせとかね、まぁ、そういう事で」
ランは少し考え言葉を濁したようだ。人を傷つけたりしていないのではないのか。
「それでも、人々は祟りを信じた。それに時谷も、そうまでしても守ってあげたかったんでしょう。これ以上、ヤチタカの人々が傷つかないようにと。そのおかげで、島に人は寄り付かず、神の島だから祟りが起きるんだと、未だ信じられてきたんです。
だけど新社長となった兄は、島の事を不老不死の人間がいる島としか教えられなかった。天罰も、時谷の先代達が起こしていたなんて、思ってもないでしょう。
島の秘密を探ろうとしても、時谷の先代達は口を割らなかったようで、前社長が亡くなり、今ヤチタカの秘密を知るのは、研究者のみ。ヤチタカの研究者も僕だけになってしまった。それを良い事に、兄は僕を時谷に取り込み、秘密を守ってきたこの店、あなた達ヤチタカの人間がいる事を知ったんです」
申し訳ない、と頭を下げるランに、純鈴は花純と顔を見合わせ、首を横に振った。
目的の為なら人攫いもする人だ、きっとランも脅されたりしたのだろうと純鈴は思った、命には変えられない。
「それで、義父の子供の私が、ヤチタカの血を引いてると思って?血は繋がってないとかは、調べなかったのかな…」
確か信一が店に来た時、ランと純鈴が結婚していない事を調べたと言っていた。必要書類がどうのと言っていたが、その過程で偶然知ったのではなく、純鈴達の婚約関係を知る為に調べたのだろう。そんな人でも、純鈴とコウシの親子関係を、見たまま信じたのだろうか。
「…もしかしたら、偽の情報でも掴まされたのかもしれませんね。
とにかく、兄は何か秘密を知っているならと、あなたを手に入れようとした。時谷の資料とは、ヤチタカの島や文化に関する事のみ、どうして不老の細胞が生まれたかは、兄はまだ分かっていないんです」
それだけは、隠し通しているのだろう。
「それじゃあ、社長は本当に私の事…」
「その血を使って、秘密の真相を調べようと思ったのかもしれません」
その答えに、純鈴は再びぞくりと背中に悪寒を走らせた。と同時に、純鈴ははたとランに目を向けた。
そう言えば、ランは最初、純鈴を守る為に求婚したと言っていなかっただろうか。
「待って、ランさんが社長の弟になった理由って…、私に結婚を申し込んだ事は、どう関係あるの?」
疑問を浮かべる純鈴に、ランはそっと眉を下げた。底の深い瞳が和らいだ気がして、純鈴は不意に胸を鳴らし、ランの瞳を見てられず、慌てて視線を逸らした。




