さよならのプロポーズ20
「それで?不老不死の人間は、どこにいるの?」
負けず嫌いな性分か、純鈴のひねくれたような言い方には、ランは力が抜けた様子で表情を緩めた。そんな姿を見ると、なんだかランの方が心が広く年上のように思えてくる。純鈴は少々居心地が悪そうに、視線を逸らした。
純鈴としては、求婚騒ぎから始まり、しまいには命を狙われ拐われそうになったのだ、その理由が、不老不死なんていうまるで夢物語の為だった、なんて、何だか納得いかないというか、飲み込みようがないというか、複雑な心境だった。
「…現在は、どうですかね。不老不死と思い込まれていただけで、彼らは不死ではありませんから。ただ、普通の人間より何十倍か長生きで、老いるのも極端に遅い。同じ日に生まれたとしても、普通の人間が八十才の時、彼らの見た目は十代くらいで時を止める。それから、ゆっくりと老いを重ねていく。長い時を生きて寿命を迎えても、見た目は五、六十代くらいにしか見えないんじゃないかな」
「病気とかはしないの…?」
「ほとんどないみたいですよ。それでも確実に老いてはいるんです。細胞が少しずつ衰えていても、治癒力の高い体は、その老いに気づかない。見た目が若いから余計に気づかない。そして寿命を迎えると、体内の細胞が電池の切れた機械のように、一斉に活動を止める。だから、ヤチタカの死は唐突にやって来る。突然死と診断される事がほとんど…という話です」
流暢に話すランに、純鈴はようやくその正体について疑問を覚えた。話の内容は置いといて、ランは何故そんな事を知っているのか。
「あなたは、なんでそんな詳しいの?その島で生きてたみたい…」
まさか島の住人だったのか、いや、そんな事はないだろうと疑惑の眼差しを向けると、ランに「ようやく話を聞く気になりましたか?」と、皮肉を言われ、純鈴は思いきり顔を顰めた。
「それが、僕が時谷の弟になった由縁でもあります。僕はヤチタカ研究の教授の元で可愛がってもらっていた、研究員の一人なんです」
「え、じゃあ、ランさんを弟にしたのは、島の知識が欲しかったから?」
「それもありますね」
「えぇ…だからって、わざわざ家族にするの?」
家族じゃなくても、島の事は知れるだろう。
「研究は、秘密裏に行われていたんです。これには国も関わっているから、いくら時谷の財と権力を持ってしても、研究結果を他者に渡す訳にいかなかった」
「秘密?神様の島だから?」
「全て、今も生きているヤチタカ人間を守る為です」
「え、本当にいるの?不老不死の人」
目を丸くした純鈴に、ランはそっと顔を伏せた。見えない表情の下で唇が弧を描いて見えたが、純鈴はその表情に少し不安を覚えた。花純がお茶をいれて持ってくると、ランは会釈して顔を上げた。
「時谷が僕を家族にさせたのは、ヤチタカの情報を得る為でもありましたが、それだけが目的ではありません。先程言った通り、ヤチタカは神の島という扱いなので、立ち入りは許可がないと不可能です。勝手に立ち入ったり、島の物を持ち帰ると、天罰があたりますから」
「天罰…?本当に…?」
疑いたくはないが、本当に天罰なんて下る事があるのか。
純鈴が信じていない事がランにも伝わったのか、ランは僅か肩を竦めた。
「それが実際に起きたから、あの島は祀る神もないのに、神の島なんですよ」
「…どういう事…?」
「本土との交流により、ヤチタカの一族は神の一族ともてはやされる一方、不老不死になる為の秘密を探ろうとする者が現れたんです。不老不死に対して好奇心は掻き立てられるようで、何年にも渡って本土から調査チームが入ったんですが、秘密は見つからない。それでも老いずに高い治癒力を持つ彼らは、不老不死の真実です。
ある日、それに色目をつけた豪商がいた。彼らは医療や研究者を集め、徹底的に島を荒らしたんです。一族の一部を島から連れ出し、人体実験をされた者もいた」
え、と純鈴も花純も、声を上げた。ランは、やるせなく溜め息を吐いた。
「ヤチタカの王達も、そんな者に秘密を明け渡すわけにいかなかった」
「秘密って、え、本当に?秘薬とか、そういうのがあるの?」
いよいよ、ヤチタカの真実が現実のように思え、純鈴は狼狽ながら尋ねた。
「いえ、彼らの体はそんな単純じゃありません。遺伝もあるけど、あの島で生まれ育つ事によって、不老の細胞を徐々に作っていく。だから、あの島で過ごす事が、細胞の進化につながるんだ」
「それは、食べ物とかでって事?」
「そうですね。でも、ただ食べたとしても、変化は起こらない。
ヤチタカの人間は神の贈り物として、生まれて間もなく口に含まされる果実があるんです、それが不老の体質へのスタートにもなる。そうして徐々に彼らは、体を変化させていくんです。
だけどその果実も含め、彼らに真相を渡せばどうなるかは目に見えていた。仲間を犠牲にした友好など、どこにもない。王は最後まで口を割らず、王妃と共に島に沈んだよ」
ランは淡々と話す。それが、敢えて感情を込めないで言っているように思え、純鈴はランがヤチタカを思い胸を痛めてるのだなと感じた。
「…誰も助からなかったの?」
「いいえ。一人でも多くの島民を逃がす為に、王達は時間を稼いでくれた。本土の人間にも、ヤチタカの味方でいてくれた人々がいたんです。もしヤチタカの存在を知れば、瞬く間に世界中から好奇の視線が注がれる。また悲惨な実験材料になりかねない。そうさせない為に、生き残った彼らを代々秘密裏に守ってくれたんです」
ランは、そっと顔を上げる。純鈴と花純を見つめるその表情は、穏やかで、少し寂しげだ。
「そして助かったのが、コウシさんです」
純鈴は思わず花純に目を向けた。花純も驚き、戸惑いに口元を手で押さえた。代わりに、純鈴はランに問いかけた。
「え…じゃあ、私が狙われたのって、」
「はい。純鈴さんは、ヤチタカの血を引いてる人間だと思われています」
まっすぐにそう言われ、純鈴は戸惑い視線を揺らしながら、後ろ手に手をついた。何だか体から力が抜ける。知らなかった現実が一気に押し寄せて、受け止めきれないみたいだ。
「…大事なものが受け継がれてる筈です。木箱に入ったペンダントを知りませんか?あれは、ヤチタカの秘密に通じる鍵となるんです」
「え、そんなものある?」
純鈴の問いに花純も首を傾げたが、何か思い出したのか、「待ってね」と、席を立った。
そして花純が二階から持ってきたのは、細長い桐の木箱だった。




