さよならのプロポーズ18
純鈴はコンビニに来ただけなので、家はすぐそこだが、ラン達が車でやって来たというので、一緒に乗せて貰う事となった。
「そうだ、紹介がまだでしたね。彼は、三神迅。僕の世話役をしてくれてるんです」
ランがスーツの彼を紹介してくれる。迅は頭を下げるだけなので、その固いイメージが覆る事はなかったが、純鈴も慌てて頭を下げ、自己紹介をした。
挨拶が済むと、迅はふと辺りを見回した。
「月岡が一緒では?」
「時谷の車で来たから返しに行ったよ」
スーツの彼とランの会話を聞きながら、ランは本当に時谷の人間なのかと、純鈴は頑なに詐欺師呼ばわりした事を少し申し訳なく思った。
「純鈴さん、どうぞ。これは僕らの車だから」
柔らかな声と共に車のドアが開く音がした。
敢えて僕らと言ったのは、黒服達の車に乗せられそうになった純鈴への気遣いだろうか。純鈴はそう思うと同時に、時谷の人はどんな車に乗るんだろうと、好奇心を覗かせながら顔を上げた。
漠然と高級車を想像したが、目の前にあるのは、町でも良く見かける白い軽自動車だった。暗がりで見えにくいが、その車体は少し傷ついているようにも見える。年季の入っていそうな車だ。少し虚をつかれた気分だったが、馴染みのある車は変に緊張しないで済むので、助かったかもしれない。
「ちょっと汚いけど、許して下さい」
「いえ、そんな…」
汚いとは思わないが、想像よりも車内は荷物が多い印象だった。後部座席にランと並んで座り、何気なく後ろへチラッと視線を向けてみると、山積みの荷物の中、収納ケースや寝袋、鍋等が見え隠れしている。キャンプにでも行くのだろうかと、胸の内で首を傾げつつ、ランの日常が垣間見えた気がして、少しだけ、ランという存在が近くに感じられた。
それでもまだ、謎の部分が多すぎるが。
車は、ランや純鈴の指示がなくても、迷いなく高屋へと進んでいく。
これはもしかしなくても、いつも迅がランの事を高屋まで送り迎えしていたのだろうかと、純鈴は気づき、そっと運転席の迅へ目を向けた。
だとしたら、迅はどんな思いでランの送り迎えをしていたのだろう。
恐らく迅は、ランが純鈴に求婚する理由を知っている、そう思ったら、ランの求婚にはどれだけの人が関わっているのだろうかと、純鈴は少し不安になった。その不安は、純鈴が命を狙われているといった言葉に結びつき、今頃になってその言葉が現実を突きつけてくるような気がして、純鈴は落ち着かない気持ちを必死に押し止めていた。
そうして高屋に帰ると、出迎えた母の花純は、ランと見知らぬ迅の姿に驚いた様子だ。
花純は二人を居間へと促したが、迅は車で待機しているとの事だったので、ランだけ居間へと案内した。
カウンター裏の暖簾をくぐると、ランは正面に見える廊下の突き当たりに目を止めた。そこには、戸が開いていれば小さな縁側と木が見えるが、今は戸が閉まっているので見る事は出来ない。
「ランさん?」
足を止めたランを不思議に思って声を掛けると、ランは何でもないというようにそっと表情を緩め、「失礼します」と居間に上がった。
畳の居間は、中央にちゃぶ台が置かれ、部屋を囲うように戸棚やテレビ等が置かれている。居間と繋がってキッチンスペースがあり、その右手に、風呂やトイレがあった。
座布団を差し出し、ランに座ってもらう。花純がお茶の用意をする中、純鈴が襲われてラン達に助けて貰った事を話せば、花純は驚きのあまり、注いだお茶を溢しそうになった。そりゃそうだ、娘が人攫いに遭ったなんて、普通ではない。花純はお茶をそのままに慌ててランの元へ戻ると、深く頭を下げた。
「この度は、娘を助けて頂きありがとうございました、なんてお礼を言えば良いのか」
何度も頭を下げる花純に、ランも焦った様子で、その顔を上げさせた。
「やめて下さい、僕がちゃんとお話出来ていれば良かったんです、そうすれば、純鈴さんに怖い思いをさせる事もなかったのに、申し訳ありません」
それには、花純も困惑した様子で、ランと純鈴を見つめた。
「いえ、…あの、それってどういう…?」
花純の戸惑いに、ランは居ずまいを正し、二人と向き直った。
「純鈴さんが狙われたのは、兄の差し金です」
「兄…時谷の社長さん?」
花純の問いに、ランは頷いた。確かにランは黒服の男達に対し、兄とは話をつけてきた、と言っていた。兄の信一は昼間、高屋に来たばかり、更には純鈴に気がある素振りを見せていた。それも、純鈴の命を狙っての行動だというのか。
「…どうして、私が…?」
不安に恐怖が混ざり、背筋に悪寒が走ったが、それでも聞かなくてはいけない。自分に何が起きているのか、それが、ランとどう繋がるのか。純鈴は覚悟を持って、ランの底の見えない瞳を見つめた。
「兄は、スミレさんが、ヤチタカの血を継いだ娘だと勘違いされてるんです」
申し訳なさそうに、それでいて神妙に話を始めたランに、純鈴も神妙な面持ちになったが、ふと花純と顔を見合せれば、母子揃って同じ顔をしていた。そして気づく、花純も恐らくこの話の意味が分かっていない。
そう言えば、黒服の男達もヤチタカと言っていた。
訳が分からず、純鈴は困惑に表情を歪めた。
「…えっと、それは、どういう事ですか?その、ヤチタカっていうのは…?」
ヤチタカなんて名前、今まで聞いた事もない。純鈴が知らないだけかと思ったが、花純の様子を見る限り、親族にもヤチタカといった人物はいないようだ。
疑問符を浮かべている母子を見て、ランも戸惑っているようだった。本当に知らないのかと、母子の表情を交互に見て、真意を確かめているようにも見える。




