さよならのプロポーズ16
そうして出かけた帰り道、純鈴は見知らぬ男達に囲われた。
少し開けた通りにあるコンビニを出て、住宅街に差し掛かろうかという時、車が傍らに停まったかと思ったら、男達が車から出てきてこちらに向かって駆けてきた。
驚いて純鈴は足を止めたが、男達が自分目掛けて走っている事にようやく気づいた純鈴だったが、方向転換した先は、駐車場。側には戸締まりを済ませた町工場があるだけで、少し離れた所にアパートやマンションがあるが、人通りはない。
そして純鈴は男達に囲われてしまった。
嘘みたいな話だが、こんな事が本当に起こるのかと、純鈴は目の前の現実が信じられず、呆然と男達を見つめていた。
辺りは暗く、ぼんやりと灯る駐車場の街灯だけが頼りだ。その中で分かるのは、三人の男達は、上下黒い服の出で立ちで、皆、屈強な体つきという事。顔は良く見えないが、知り合いでないのは確かだ。
ランが言っていたのは、まさかこの事だったのかと、今更ながら言う事を聞かなかった自分に後悔した。
ただ、何故ランがこうなる事を予測出来ていたのかは、疑問ではあるが。
考えるのは後だ、とにかく逃げなくてはならない。だが、大声を上げようにも、殴られるのではという恐怖から、声が出せなかった。
「お前がヤチタカの娘だな」
「や、…やちたか?」
怯える純鈴だったが、聞き馴染みのない名前に、怪訝な顔をした。純鈴の名字は、高千だ。親戚でも、友人でも、馴染みのない名前だ。
なんだ人違いかと、純鈴は少し安堵した。
「あの、人違いです、ヤチタカなんて知りません」
「嘘をつくな!」
「え、」
だが、男達は端から純鈴の声など聞く気がないようだった。形だけの確認が終わると、男達が純鈴を捕らえようと近づいてくる、純鈴はすくに逃げようとしたのだが、相手の方が足も腕も長く、力もある。純鈴はあっという間に拘束され、彼らの車へと引きずられていく。
嘘でしょ、これじゃ本当に誘拐じゃない。
本当に、とんでもない事が起きようとしている、純鈴はせめてもの抵抗で足をバタつかせてみるが、男の腕はびくともしなかった。
「てめぇ、大人しくしろ!」
暴れる純鈴に舌打ち、怒鳴り声を上げた男の腕が、頭上に振りかざされる。いよいよ殴られると思い、純鈴は覚悟して目を瞑った。
「やめなさい」
静かな低音が不思議と響き渡り、純鈴ははっとして目を開けた。
新たなその声に、純鈴の腕を掴んだ男が振り返った気配がして、純鈴も恐る恐る顔を上げた。見れば、純鈴を殴ろうと振りかざした腕を掴まれているようで、男は身動きが取れないようだった。その男の背後には、見知らぬスーツ姿の男がいる。この暗闇の中で、何故かサングラスをかけており、さっぱりと切り揃えられた髪に、背が高くがたいの良い男性だ。彼はまるで赤子の手を捻るように、屈強な男を突飛ばすと、純鈴を守るように背を向けた。
「あ、ありがとうございます…」
訳がわからず、とにかく助けてくれた礼を言ったが、スーツの男性は、僅かこちらを振り返っただけで、再び前を向いてしまった。
「礼なら、あの方に」
「え?」
表情が一つも変わらない上、一辺倒なその喋り方に、純鈴は再び不安を覚えた。
彼は、純鈴を壁際に追いやると、向かってくる男達に平然と立ち向かっていく。
一体彼は何者なのか。守ってくれたこの人も、襲いかかってきた男達も、純鈴には覚えのない人達ばかり。
こうなると、目の前の彼も、純粋に純鈴を守ってくれたのかどうか分からない。
屈強な男達をたった一人で相手に出来る人間が、こんなタイミング良く現れるだろうか。
それに、何故、純鈴を助けるのか。
目の前で繰り広げられる立ち回りに、純鈴は成す術なく呆然としていたが、だんだんと恐怖が込み上げてきた。
自分は、何か得体の知れない事態に巻き込まれようとしてる。
「…冗談じゃない」
直ちにこの場から逃げなくては。純鈴は身を屈め、震える足を叱咤しながら、壁を伝ってその場から離れようとした。
「逃げんじゃねぇ!」
だが、運悪く黒服の男の一人に見つかり、純鈴は咄嗟に逃げようと駆け出したが、震える足では上手く一歩が出せず、その足を縺れさせてしまった。




