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さよならのプロポーズ  作者: 茶野森かのこ


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さよならのプロポーズ11



きっと、ランには何か秘密がある筈だと、純鈴(すみれ)は仕事を終えると、早速二階に駆け上がった。

二階には、部屋が二つある。どちらも襖と畳の部屋で、義父であるコウシ亡き後は、母の花純(かすみ)と純鈴がそれぞれ一部屋ずつ使っている。

階段を上がって廊下を行き、奥の襖を開ける。

テーブルの上のノートパソコンを開き、ひとまずネットで時谷の社長、信一(しんいち)の事を調べる事にした。

家族構成には、確かに弟がいるとある。これがランだろうか。それから、会社のホームページを見て、役員の中にランの名前がないか調べたが、載っていなかった。家族から見放されていると言ったが、会社の事業には口が利くようだった。でなければ、店の存続を交換条件に出せない筈、ランもそう言っていた。しかし、会社のどこにもランの名前はない。


「…あの人、何の仕事してるんだろ…」


ふらふらと、毎日気ままに店にやって来る。どこに住んでるのかは知らないが、時谷(ときたに)の人間だ、都心部とかそういう方面じゃないだろうか。それが、東京の端にある潰れかけた和菓子屋までわざわざ通うなんて、そんなに融通の利く仕事なのだろうか。


「…ヒットしないな」


ランの名前を探してみたが、SNSも見当たらないし、報道などもされていない。


「…こうなったら…」


時谷の会社に調査に向かうしかないのか。

だがその前に、純鈴は大苑屋(おおぞのや)に向かう事にした。あの旅館は老舗で、町の看板でもある。今回の駅前開発にも、大苑屋は影響を受けているだろうし、ランは大苑屋の事は知っていた。大苑屋の若旦那である深悠(みはる)は、ランに会った事があるのかもしれないし、何か知っている事があるかもしれない。



***



「聞いたよ、結婚の話」

「え?」


大苑屋の若旦那、深悠からの言葉に、純鈴は目を瞬いて、カップを落としそうになった。


ここは、大苑屋の応接室だ。純鈴が店に関わる大事な話があると相談を持ち掛けた所、人目がつかないようにと、深悠が通してくれたのだ。


勿論、店に関する話とは、ランの事だ。ランの事を何か知らないだろうかと大苑屋を訪ねたのだが、何だか出し抜かれたような感じも受けたが、それ以上に純鈴の胸を苦しめるたのは、純鈴の結婚の話が出ても、深悠が全く表情を変えないからだ。

純鈴は動揺を隠しながら、そっと口を開いた。


「…どうして、知ってるの?」

「あぁ、この間、ラン君に会った時にね」


やっぱり知っていたのかと、純鈴は動揺から続く嫌な予感に、きゅっと手を握った。


「…あの人の事知ってるの?」

「うん、時谷の弟さんだよね?なのに、商店街の事を気にしててくれてさ。それで何度か。良い人だよね。

でも、まさか純鈴に先越されるとはなー。式は挙げるの?俺も呼んでよ?」


笑って話す深悠に、純鈴は笑おうとして笑えず、かといって、結婚の話を否定する事も出来なかった。

深悠は、ランの事を信じているようだし、純鈴とランの結婚も信じている。ランが店を守ると言った事も、恐らく信じている。大苑屋が、高屋が続く事を望んでくれているなら、純鈴がその思いを打ち消す事は出来なかった。


それに、何か言った所で、深悠の純鈴に対する気持ちは、何も変わらないと分かってしまった。純鈴の望んでもいない結婚を、いくら純鈴が結婚を望んでいない事を知らないとはいえ、喜んでいる。深悠の気持ちをまざまざと突き付けられたようで、純鈴はショックから何も言葉に出来なかった。


「純鈴?」

「…え?」

「何か話があったんだろ?」

「…うん、えっと」


えっと、と口を開いても、続かない。用意していた言葉を感情が超えてくる、止めておいた筈の涙が、悲しさとか悔しさとか、どうしてとか、全部呑み込んで視界を覆っていくような気がして、純鈴は勢い余ってカップを煽った。


「え、純鈴?」

「ごめん、帰らないと!ごちそうさまでした」

「え、おい、」


失礼でも構わない、純鈴は戸惑う深悠をそのままに、大苑屋を飛び出した。




とぼとぼと店までの帰り道を歩いていたが、ふと足を止めた。店に戻っても、ランが来てるかもしれない。この二週間、母の花純は不思議とランの事を疑っていないし、なんなら結婚に前向きだ。

どうして、何もかも分からない人を信用出来るのか。純鈴には、ランが何か隠しているようにしか思えないのに。


それを確かめに行った筈なのに、勝手に傷ついて帰ってきてしまった。


純鈴はいつも使っている道を逸れ、適当に町を歩く事にした。少し、頭も心も落ち着けたい。今のままでは、母やランに八つ当たりしてしまいそうだったからだ。


「…そもそも、あいつがちゃんと話してくれないから」


そう一人ごち、そして、話してくれたら何か変わっただろうかと想像する。何も変わらない、詐欺師なら、騙す騙さないで騒ぎになるだけで、深悠には結局、振り向いてはもらえない。


いい加減、この恋の諦め方を教えてほしい。


純鈴は、ひと気のない公園にやって来ると、ベンチの上で膝を抱えた。



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