あばずれ女と言われて婚約を破棄された
いきなり思いついて書きなぐった。
「このあばずれが!!」
精霊祭の最中に婚約者であるアルフレッド様にいきなりそんなことを言われて頬を叩かれる。
「シャロンから聞いたぞ。お前が夜中に抜け出して男を求めているとな」
アルフレッド様の傍には悲しげに目を伏せる……口元は楽しげに嗤っている義妹がいる。
「そんな……嘘です……」
夜中に外になど出ていない。日中へとへとになっているのにそんな体力も気力もない。だって、義妹や義母に命じられて掃除や洗濯、料理。そして、父の手伝いで領地経営などの書類仕事を行っているのだ。そんな時間があるのならゆっくり休みたい。
「お姉さま。私はしっかり見ていました。最初は信じませんでしたけど……」
と義妹の言葉と共に知らない人々が集まってきて、
「わ……私見ました。モリアナ様らしき金髪の縦巻きロールの女性が男性とお酒の出る店に入っていくところを……」
なんて恐ろしいと青ざめて震えながら告げる男爵令嬢。
「俺は誘われたよ。でも、そんなことするわけないと断ったら別の男に声かけに行ったよな」
にやにやと笑いながら告げる男性。騎士団の格好をしているけど何処か質が悪い軍服だ。
「ぼ……僕も……断ったら公爵令嬢に手を出したと刑罰を与えてもいいと脅されて……」
気弱な眼鏡を掛けた青年が告げてくる。涙目になりながらこちらに向かって必死に頭を下げてくる様子を見て、この証言こそ脅されて言わされているのだと悟った。
(ここまでするなんて……)
母が亡くなってすぐに再婚した父の連れてきた義妹。義妹といいながらもどこか父に似ているのはおそらく不倫相手だったのだろう義母とは。
父はもともと義母と付き合っていたのに政略結婚で母と一緒になった。父にしてみたらわたくしはいらない娘で自分の可愛い娘は義妹だけなのだ。だから、義母と義妹が何をしても許されるし、わたくしが何をしてもお前が悪いと言われる始末。
そんな父が唯一何ともできなかったのが母の両親。祖父母がわたくしが公爵家を継ぐためにと結んできた婚約者だけ。祖父母に偽造の手紙を出せても婚約者までは何も出来なかったのに。
「お前のような女と結婚できるか。どこぞの浮気相手の男の種を仕込んで育てさせられるなんて真似真っ平ごめんだ!!」
怒鳴られて、婚約破棄を宣言される。
そのタイミングで父と義母が姿を現す。
「お前がそこまで恥知らずだったとは……」
「実の娘のように育てたつもりだったのに……」
怒りでこぶしを握る父に嘆く義母。その二人の口の端が僅かに笑っているのが見て取れる。ああ、そういうことか。
わたくしは家族の邪魔になったのか。いや、家族だと思っていたのはわたくしだけだったのか。ずっと家に置いていたのは利用価値が無くなったから。
ここまでのパフォーマンスをすれば祖父母もわたくしのことを捨てるだろうと判断しての行いで、精霊祭を選んだのだろうか。
どこか現実を認めたくない想いが空から降りてくる精霊たちに視線を向けてしまう。
精霊祭はその名の通り、普段は人の目に映らない精霊が人の目で見える祭り。かつては聖獣祭とも言われて、聖獣の住む異界の扉が開かれて、異界に連れ攫われる人もいたとか。
「どこを見ているんだ!!」
その態度が気に入らないと父がアルフレッド様が叩いてない方の頬を叩く。
「お前のような者は悪しき精霊に攫われてしまえばいい!!」
叩かれた頬を手で押さえて涙をこらえているとアルフレッド様がそう叫んでくる。
「――そんな輩に渡すなど勿体なくてできないな」
綺麗な声がしたと思ったらいつの間にか白銀の馬……いや額に角が生えている……。
「ユニコーンだ」
「伝説の聖獣がなぜここに……」
信じられないと皆が注目する中。ユニコーンは真っすぐにわたくしの元に近付いて、
「久しぶりに地上を覗いたら面白いモノが見つかったな」
ユニコーンの角が右頬。左頬に軽く当てられる。それだけ、たったそれだけで頬の赤みが消えていく。
「綺麗な魂だな。この地上に未練がないなら我と共に行かないか?」
ユニコーンが角を生やした美丈夫に変化する。
「あっ…………」
その美しさだろうか。その言葉だろうか。ぼろぼろになった心の傷を優しく癒してくれる。
祖父母はわたくしを愛してくれている。でも、偽りの手紙に騙されて、わたくしの状況を知らずに助けてくれない。父は最初からわたくしを必要としていなくて、義母と義妹は言わずもがな。
婚約者はわたくしに真実を確認せずに婚約を破棄した。
誰もわたくしを必要としていない。
「連れて行って、ください」
わたくしと居てくれるなら誰でもいい。愛してくれるのなら。
「ああ。愛そう。我は清らかな乙女の守護獣。その我の伴侶として」
ユニコーンは再び聖獣の姿に変化させて、背中に乗せて空に飛び立つ。空には異界の扉があり、あっという間に吸い込まれていった――。
その場にいた者たちはしばらく信じられないと立ちすくんでいた。
「聖獣。ユニコーンだったな……」
聖獣に認められるのは清らかな魂の持ち主だけ。ましてやユニコーンは清らかな乙女の守護獣と言われている存在だ。
そのユニコーンが男漁りをしていた女を連れて行ったと……。
「シャロン!! お前言ったな。あの女が、モリアナが男漁りをしていたと!!」
そうだ。男漁りをしていたとシャロンが、
「嘘だったのか……」
騙された。あの女が……モリアナが聖獣に認められるほどの清らかな魂の持ち主だったなんて。
「お前の所為だ!!」
聖獣に認められるほどの存在はいるだけで繁栄をもたらすと言われている。そんな存在だったのにシャロンに……平民上がりに騙された。
自分のことを棚に上げてアルフレッドは責め立てる。
「何よ!! アルフレッド様だって、あんな根暗で汚い女はごめんだなと言っていたじゃない!!」
汚いのは本来なら貴族令嬢として綺麗にされる立場なのに誰も彼女を世話しないで、家の中の井戸の水を掬って、ぼろぼろの布で身体を拭く事しか許されない状態にした元凶はそんな事実を忘れて言い返す。
「聖獣の加護を得られたら儂にも恩寵があったのにお前が冷遇するから」
「あんな政略結婚で押し付けられた女の子供はいらないと言ったのは旦那様でしょう!!」
娘たちの傍ではその親が言い争いをしている。
その騒ぎを聞きつけた兵士がその四人を含む偽りの証言をした者たちを捕らえて牢に入れる事態になり、それから様々な余罪が出てくる羽目になる。
そんな地上の喧騒を知らずにユニコーンに連れ去られた女性――モリアナは聖獣の世界で永遠に幸せになるのであった。
ユニコーンの名前は思いつかなかった。主人公も名無しで終わるところだった。