向日葵
「あ…、アンジェリナ………!何で!?」
「“何で”は、こっちのセリフなんですけど。“何で”殺しちゃったの?マートン様とあの女を引き剥がせって命令だったでしょ?」
「だって、毒!くれたから!奥様を消して自分が入れ替わるのが願いかと…」
「家令用よ!“奥様とヤッてんの見られた”って言ってたから、アンタが飛ばされないよう、そっちをやって関係を続けられるように…って、もう聞こえないかしら?」
泡を吹いて倒れる男を見下ろした。
つかえない。
まずはあの女と小僧をズブズブの関係にして、マートン様があの女に失望することが必要なプロセスだった。
なのに…そうなる前に、あの女が死んだ。そのことで、あの女は《儚くなってしまった最愛》になってしまった。
その証拠に、彼は亡くなった彼女の墓参りを1日だって欠かさない。
感情を無くした顔で、呆然と墓標を数秒見つめて立ち去るだけだが。
こうなってしまった以上、なんとか彼と結ばれたとしても、良くて《最愛を失って出来た穴を埋めた2番目》の存在になってしまう。
あの女を超えることは出来ない!!
かつて同じ王立学園に通っていたワタシたち。
あの女とワタシは、同じ子爵令嬢。
お互いの婚約者も、同じ伯爵令息。
でも、違っていた。
あの女は賢くて学年では常に上位だった。
あの女は化粧っ気が無く地味なのに品が良く、そこになんだか色気を感じた。
あの女は厳格なのに、時折り見せる微笑みで皆を魅了した。
あの女は真面目でつまらない話ばかりなのに、ワイワイ騒ぐ多くの友人に囲まれていた。
もちろん、婚約者だってそうだ。
元婚約者は、いつも不貞腐れた顔をしていたが、マートン様は、いつもキラキラした笑顔だった。
元婚約者はエスコートすらしなかったが、マートン様は転びそうになったワタシを抱き止めてくれた。
元婚約者はダンスが下手くそで足をいつも踏んでいたが、マートン様は華麗なステップでリードしてくれた。
元婚約者は俯いてボソボソ言うだけだったが、マートン様はワタシの目を見て楽しい話をしてくれた。
そんな素敵な婚約者を持つあの女が妬ましくて腹立たしくて、あいつの家なんか没落してしまえばいいと思っていたのに。
没落したのはワタシの方だった。
お父様が事業に失敗して借金を抱えた。泣く泣く爵位を返上しても、マイナスの額は覆らなかった。その結果、お父様はワタシとお母様を売り飛ばして逃げ出した。
貴族としての矜持を汚され、誇りもズタズタにされたお母様はショックと過労で亡くなってしまった。
ワタシが生きてこれたのは、あの女への執念のおかげだと思う。
あの女のすました顔を悔しそうな色に染め上げたい。
怒りに満ちた目で見つめられたい。
はしたなく荒げた声を聞きたい。
そしたら、きっと
「無様ね、サマサさん。夫も愛した男もワタシに奪われて」
マートン様が立ち去った後の墓標に語りかける。もちろん、返事は無い。
あるわけが無い。
「あ、自己紹介が必要かしら?ワタシは、アンジェリナ。元カラデミック子爵の娘。中退したけど実は同じ王立学園に通っていたのよ。知らないと思うけど」
だって声を掛けられたことすら無いもの。
遠くから見ていただけ。
マートン様と一緒にいる貴女を。
羨ましかった。
あの美しい笑顔を向けられて。
憎らしかった。
気づいてすらくれなくて。
「恨めしいでしょう?全てを奪ったワタシが」
化けて出れるものなら、出てくるがいいわ。
そしたら聞かせてやるわよ。
ワタシがどれだけ貴女を妬ましく腹立たしく思いながら、待っていたかを。
そしてワタシは、あの女に今日も濡れた向日葵を渡した。