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02. 泥棒猫と呼ばれた日

 なんて、失態を。間抜けもいいところ!

 公爵家次期後継者アゼリア・モルガンは、人目も(はばか)らずに頭を掻きむしってしまいたい衝動と戦っていた。


 あの小さかったアゼリアは、もう17歳。立派な淑女にな……ったかどうかはさておいて、今夜は父であるダライアス・モルガン公爵の名代として、とある舞踏会に出席していた。


 その舞踏会ですれ違った御令嬢。普段まるで交流のないレグザンスカ公爵令嬢に、呪いのような言葉を吐かれるまで、アゼリアは自分の愚鈍さに気がつかなかったのだ。


 その御令嬢、レグザンスカ公爵家の長女はすれ違い様、アゼリアの耳元でこう囁いた。


「モルガン公爵家の方々が奔放にして控え目な気風であることは知っておりましたが、貴女は違うのですね。……貴女、あの方に……殿下になにをなさったの?」


 可憐で繊細。清廉で優美。社交界では銀の君と呼ばれる美しい御令嬢。癖のないなめらかな銀髪に、輝ける海の青を思わせるようなブルーの目は、アゼリアの容姿とはまるで逆。


 アゼリアは、やわらかで波打つ金髪に、深い真紅の目をしているから。そして、滅多に社交界にでないアゼリアは、レグザンスカ公爵令嬢のように麗しの名を授けられたこともない。


 巷で人気を博している恋物語にたとえるならば、こうなる。

 誰も彼もに愛されるヒロインが彼女、レグザンスカ公爵令嬢。そのヒロインの邪魔をして恋や愛を妨害する悪役令嬢が、モルガン公爵令嬢であるアゼリアだ。


 そんな誰からも愛される線の細いレグザンスカ公爵令嬢が、髪と同じ銀色の長い睫毛に縁取られた大きな眼に涙を浮かべて嫌味を吐いた。顔の下半分を銀と青の糸で折られた絹の扇子で隠しながら。


 誰に? もちろん、アゼリアに。

 だからアゼリアは、雷に打たれたようにショックを受けた。あの可憐なレグザンスカ公爵令嬢を悲しませるような真似を、一体、いつ、わたくしがしたというの。


「……違う、わたくしではない。違うわ……」


 アゼリアの小さな呟きは、舞踏(ダンス)を踊る人々や会話を楽しむ人たちの騒めきの中に溶けて消えた。

 弁明の機会すら与えられなかった。レグザンスカ公爵令嬢の非難は、けれどアゼリアにとってはある意味、僥倖だった。


 なぜなら、遠回しに彼女は教えてくれたのだ。

 レグザンスカ公爵令嬢の婚約者であるはずの第一王子と、モルガン公爵家の令嬢であるアゼリアの間に、政略結婚の話がでていますが、どういうわけなのか、と。


 もう少し庶民的に言うならば、なにをしてくれてんだ、この泥棒猫! と。


「まずいわ……わたくしは、なにも知らない……!」


 淑女らしく扇子で顔を隠すことも忘れ、アゼリアは青褪めた顔を人前に晒しながら、舞踏広間(ダンスホール)の出口へ向かってふらふら歩く。


 アゼリアの耳にも目にも、周囲の喧騒なんて届いていない。かろうじて、駆けださないよう自制心が働いているだけ。


 ああ、なんてこと。愚かにもほどがある!

 アゼリアは胸の内で、何度も何度も自分を叱咤した。

 そもそもの話。あるいは、前提条件として、モルガン公爵家は王家と婚姻をしない。


 それは、モルガン家が王家とともに、このオルガンティア王国を興したときより、そう定められている。家訓でもあり、王家との盟約で、契約だ。


 アゼリアが幼ないころ、『あくのそしき』のボスになると誓ったあの日以降。アゼリアは毎日のように両親から、モルガン公爵家の役割について教えられていた。


 中でも繰り返し言い聞かせられてきたのが三盟約だ。

 一つ、彼の家を取り立ててはならない。

 一つ、彼の家とは婚姻してはならない。

 一つ、しかして彼の家を蔑ろにしてはならない。


 三つあるから、三盟約。王家主体で結ばれているから、彼の家、とは、すなわちモルガン公爵家のこと。


 それだというのに。三盟約を(くつがえ)そうとするなんて。それも王家の側から。まさか、そんなマヌケが当代であらわれるなんて。三盟約が昔と変わらず、今もしっかりと結ばれていると過信しすぎていた。


 でも、1番のマヌケは、愚か者は、アゼリアでありモルガン家だ。

 レグザンスカ公爵令嬢に咎められるまで、アゼリアは気がつかなかったのだから。自分と第一王子の間に、そんな話がでているなんて。


 果たしてこれは、陰謀か。あるいはただの無知ゆえの暴挙か。


「……お父様はご存知なのかしら?」


 それによって、今後の対応は異なってくる。父公爵が知っていてアゼリアには教えず、政治利用しようとしているだけなら、どうということはない。


 けれど、そうでなかったのなら、まずいことになる。モルガン家に知られずにことを上手く運んだヤカラがいるということだから。


 そしてそれは、このオルガンティア王国の崩壊を起こす引き金となるだろう。

 アゼリアは言いようのない不安に胸を掻き乱されながら、モルガン公爵家への家路を急ぐのだった。


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