進退の話
「オレは反対だ」
案の定、センチが反対の意を示した。
弁当の受付が終わった際に、センチにミリがバーを再開させたい件を話した。
「あの男は現れないとはいえ、ミリが何かのトラブルに巻き込まれるかもしれないだろ」
「それは……」
あるかもしれない。
バーはミリ一人で働いている。今までは”みんなのミリちゃん”と言って、男性客が相互でミリのことを守っていたが、それを破る客が現れてもおかしくない。
「だが、ミリがやりたいと言ってるんだ。それを否定するのはよくないんじゃないか」
「……今日から再開させたいんだよな」
「ああ」
「なら、今日はオレが様子を見る。それで危ないことがあったら、すぐに辞めさせる」
「わかった。あと、センチがいない間に勝手に決めてしまってすまなかった」
「店は店長だけのものじゃない。アイディアの提案は好きにしてもらっていいが、運営形態の変更はオレも話に加えてほしい」
センチの言う通りである。
アイディアについては、好きに提案してきたがそれを実際にやるかは、ネズミに内容を話して決めていた。ネズミの立場はセンチへ引き継がれている。自分の知らないうちに運営形態が勝手に決められていては気分は良くないだろう。
「今度から気を付ける」
「じゃ、また店でな」
俺とセンチは別れた。
☆
センチと次に会ったのは、夕方『ライン』の開店時だ。
俺はいつものエプロンを身に着け、来店者が注文した料理を作る。
「シトロンはーー」
「休みだ。店長が戻ってきたから、オレと交互に休みを取らせようと思ってる」
「そういえば、昨日はうまくいったのか?」
「あ……、いや、どうだか」
「慎重に事を進めろよ。お前には”チャロ”っていう爆弾があるんだからな」
「わかってるさ」
寛容な白魔導士でも、ペットの姿に化けて一緒に暮らしていましたという事実がばれたらどうなるかわからない。ゲージ越しに私生活を覗かれていたなんて、気分が悪いことだしな。
センチと白魔導士の交際は、彼の反応からするに好調のようだ。
白魔導士への嫌がらせも、黒魔導士が取り上げた雑誌記事とセンチが交際相手となったことでぱたりとなくなった。
「もし、シロフォンがお前と結婚したら、あいつは『ライン』で働くことになるのか?」
「それはシロフォン次第かな。料理と下ごしらえの手順を教えて、調理に回ってもらいたい」
「あいつに料理を教え込むのは難しいと思うぞ……」
シロフォンは不器用で、料理の腕は良くない。センチにはそのことを話していないみたいだな。
「センチにい~、レビーが来たの~」
調理場にナノが現れた。彼女がここに来るときは、苦手な客が来店した時である。
「ナノ、店長の手伝いをしてくれ。オレがーー」
「ちょっと、リーダーと話したいことがあるから、行ってくる」
「お願いなの」
リーダーが『ライン』に来た。
冒険をしていない理由を聞く、絶好のチャンスだ。
俺はセンチが身に着けている制服を着て、店内へ出た。
「よっ、リベじゃねえか」
「久しぶりだな」
「久しぶりー」
「クロッカスも一緒か」
テーブル席に、リーダー、クロッカス、シロフォンの三人がいた。
リーダーは辺りを見渡し、誰かを探している。きっと厨房へ隠れてしまったナノだろう。
「ナノちゃん、いねえなあ……」
「注文したやつ、持ってきたぞ」
俺は、三人が注文した料理と飲み物をテーブルの上に置いた。
「ナノは休憩してる。代わりに俺が出てきた」
それを聞いたリーダーはため息をつき、残念そうな反応を見せた。まだ、ナノを目当てに来店しているみたいだ。
「レビー、なんでしばらく、冒険者協会に来てなかったんだ?」
「あー、それな」
「そうそう。私たちその話を聞きに、ここに集まったんだよ。ねえ、なんで?」
黒魔導士と白魔導士は天井を仰いで、言葉を濁したリーダーを見ている。俺も、ナノがやっていた仕事があったが、その理由は当人から聞きたいと思い、その場に留まった。
しばらくして、リーダーは話し始めた。
「……実家でな、親に怒られてたんだ。『いつまで、冒険者をやっているんだ』って」
「なるほどねー。私と違って、あの家はレビーしかいないもんね」
「それで、冒険者協会に来ていなかったんですね」
「すまん」
「家の都合ですし、仕方ありませんわ」
「だから、次の冒険が”最後”になるかもしれねえ」
「そうか……」
家の都合であれば、仕方ない。
冒険者は体力を使うから若いうちしかできない。俺も、子供が生まれたら冒険者を引退するかもしれない。そろそろ、進退を考える時期になったのかもな。
「辛気臭い話になって悪りいな」
「いや、久しぶりに顔を見れてよかった。じゃあ、仕事に戻るな」
俺はナノがやっていた仕事に戻る。前に俺に接客が向いていないと言われたが、確かに俺に注文は来ない。来るとしても、女性客だったらマクロ、男性客だったらミリへ集中する。俺は二人のサポートへ回っていた。
やはり、接客は見た目……、いや、華やかさなんだな。
俺は自分が接客に向いていないことを、痛感したのだった。




