襲来する話
最初の面接が終わり、三週間が経った。
シトロンの教育も順調に進み、独り立ちとなった。
そのため、調理は俺とシトロンが担当となり、手が空いたセンチは給仕の仕事を始める。
「センチの兄貴、女性受けハンパないっすね」
つまみや葉物の盛り付けなど、仕事が楽になったところで、シトロンは店内の様子を度々見に行く。彼曰く「ヒト族を観察したい」だとか。彼は、異世界で働いたことが無いため、ヒト族の生活を覗きたいのだろう。
仕事に戻ってくると、シトロンは接客をしているセンチについて言った。
「どこから聞き付けたのか知らんが、あいつが働きだしてから売り上げが上がってるんだよな」
「そうなんすか?」
「やっぱり、接客は見た……、いや、華やかさなのか」
「店長、落ち込んでるっすけど、なんかあったんすか?」
「い、いや。なんでもない」
センチが接客で働きだしてから、女性客が増えた。
気のせいではなく、それは客数や売り上げにも反映されている。
女性客は席に長居する割に、食べ物を注文しないというイメージがついてしまっているのだが、センチが接客に入ってから、競うように飲み物を注文している。そのため、酒類やジュースの減りが早い。
「女性受けしそうな新メニューを考えてもいいかもしれないな」
「あ、俺、デザート作りたいっす。映えるスイーツ作ってみたいんすよね」
「バエルスイーツ? なんだそれ」
「あ、えーっと、店長とは違う世界のヒト族に人気なスイーツなんすよ。ここの世界で再現できそうなやつがあるんで、厨房借りてもいいすか?」
「ああ。開店前だったらいいぞ」
「あざっす!」
早速、シトロンの得意分野が活躍する時がやって来た。
バエルスイーツか……。一体どういうものを作って来るのだろうか。
「えっ! 店長大変っす」
「アモールだと!?」
店内の様子を観察していたシトロンが慌て出した。
俺は仕事の手を止めて、シトロンの隣に立った。店内の様子を見て、彼が俺を呼んだ理由が分かった。
アモールが『ライン』に来店してきたのだ。
「シトロンはセンチとアモールについて知ってるのか?」
「アモール様はムーブ族で有名な方っす。一部では”姫様”って呼ばれてますからね」
「へ、へえ……」
「ちなみにセンチの兄貴は”姫様の求婚を断った男”で有名っす」
ムーブ族の間では知らない人ぞいない人物だったのか。
そんな人物と婚約破棄したセンチも有名人ってことか。
どこの世界も、有名人の恋愛事情を知りたいという気持ちはあるんだな。
「リベ、アモールが来店してきたの」
ナノが他の客の注文を取る体で、こちらにやって来た。彼女もシトロン同様、アモールの来店に動揺していた。
「姉さん、アモール様はお客様として来店されたのです。なら、いつも通り対応していればいいんです」
遅れてマクロがやって来た。彼は動揺する姉をなだめた。
「そうなの。マクロの言う通りなの」
マクロの言葉に納得したナノは平常心に戻った。
「シトロン、リベさん、御二方も特別扱いしないでくださいね」
「ああ……」
「うっす」
それを言うと、マクロは集めた食器を置き、接客へと戻っていった。
マクロの言う通り、アモールはただの客としてきたんだ。特別な接客や料理を提供しなくてもいい。ポンドみたいな扱いをしなくてもいいのだ。
まさか、マクロに気づかされるとは思わなかった。しかも、騒ぎをすぐに収められるとは。
「マクロ、さらに成長したな……」
「頼もしいっすね」
「出来た弟なの」
俺、シトロン、ナノはそれぞれの言葉でマクロに褒め言葉を送った。




