サービスの話
後日、俺はセンチと二人で話し合う時間を作った。
「別に話し合いなんて『ライン』の中でいいだろ」
センチは飲み物と料理を注文しつつ、俺にそう言った。注文を受けた女性店員は俺のことなど見向きもせずに彼だけを見つめている。
カッコいいんだろ、センチに見惚れてるんだろ。
俺は心の中でセンチに呪いの言葉を呟きながら、その女性店員に料理を注文した。
「気分転換だよ。掟も変わったんだ。たまには別の店の料理を味わってもいいじゃないか」
「まあ……、そうだな」
今、いる場所は『ライン』と同じ通りの料理屋だ。この店は香辛料を大量に使った辛い料理が有名で、俺とアンネのお気に入りの店の一つだ。
「本題に入るぞ」
「ああ」
口ではああ言ってるが、センチは店内を見渡し、良い部分を『ライン』に取り入れようとしている。
仕事熱心なのはいいが、仕事相手の俺の話をちゃんと聞いてくれよ。
俺はため息を吐きつつ、本題を切り出した。
「『ライン』は現在”人手不足”にある」
「店長とマクロがいないからな」
「それを補うためにミリを接客に入れても、店が回らない……、でいいよな」
「だから俺は魔法を使うことを許可した。悪いか」
「魔法のおかげで”人手不足”が解消したが、また問題が上がってる」
「……サービスの”質”だろ」
センチはすぐに指摘した。彼は魔法を使うことによる欠点を理解していたのだ。ということは、彼はそれを承知の上でミリとナノに魔法を使う許可を出した。
「皿を宙に浮かせるのは簡単だ。だが、盛り付けられた料理を崩すことなく運ぶのは難しい。親父はそれを嫌って、接客に魔法を使うことを禁止したんだ」
「分かってるならなんで――」
「俺は、サービスの質が落ちたとは思ってない」
センチは禁止した理由まで知っていた。彼は理由を語った。
「魔法で配膳してる飲食店なんて、そうそうないだろ」
「まあな。魔術師は冒険だったり協会に入ったりしたほうが儲かるからな」
魔法を使うことが出来れば、働く場所はいくらでもある。
”秘術”だって商売として使えば、大儲けできるだろう。実際にやられたら、冒険者業は無くなってゆくだろう。もし、魔法を使えたなら――、という想像をする人々は多いだろう。かくゆう俺もその一人だ。
「他の飲食店と差別化を付けるために考えた結果だ」
「センチの考えも一理あるが……」
「まあ、人を雇わないといけないのは事実だ。前向きに考えるよ」
俺は互いに意見が噛み合わず、長い話し合いになるだろうと身構えていたが、センチが折れたのですんなりと話が進んだ。
センチは父親とは違う方法で『ライン』を繁盛させたいようだ。二代目として別の手法で儲けたいという気持ちは分からなくもない。
それはそれとして、別の機会に二人で話し合わないといけないだろう。
「人を雇うとしても、アテはあるのか?」
俺はセンチに質問をした。
センチは眉間に皺を寄せている。
『ライン』は家族運営で成り立っていた。それは”ムーブ族”という秘密があるからで、ヒト族である俺やアンネが共に働いているのは稀だという。
”掟”が変わったとしても、ヒト族を雇うことは難しいだろう。
雇うとすればムーブ族の誰かとなるのだが、センチの表情からして難しいようだ。
「あるんだが……、頼みたくないんだよな」
「何か問題が――」
「仕事では即戦力になると思う。だが――」
「それ以外で頼める奴はいないのか」
「募集は掛けてみるよ」
「ああ。頼む」
できれば雇いたくないムーブ族がいるようだ。
そのムーブ族は応募をかければ必ず現れる。
「そのかわり、面接の時間は作ってもらうからな」
「……冒険は控えるよ」
人を雇うことを提案したのは俺だ、『ライン』の店長として面接をしないといけないのは当然だ。
センチを譲歩するのであれば、俺も面接の時間を作るために冒険の時間を制限しないといけないよな。
だが、『ライン』以外のムーブ族ってどんな奴らなんだ?




