引っ越しを始める話
俺はミリ、マクロ、ナノを連れて不動産屋へやって来た。
「ここは、ポンドが経営する店だ」
「へえ、ポンド様の」
「気に入った店だから優遇……、とまではいかないが、良い物件を探してくれると思うぞ」
受付の順番を待つ中、俺は知っている限りの知識を話した。
昨日、白魔導士の家を出た後、この店に寄り、条件を伝えてある。
店員が二、三件見繕っているはずだ。
「三人でお住まいになる条件ですと……、こちらになりますね」
「中を見ることは出来るか?」
「はい。担当の者をお呼びします」
俺たちの番になり、希望の物件を二件提示してきた。
一つは俺の家の近く、一つは『ライン』の近くだ。
『ライン』の方が飲み屋街ということで、治安が悪いため少し家賃が安い。
だが、俺の家の近くの方は部屋数が一つ多く、一人ずつ個室が持てる。
「どちらもいい点と悪い点がありますね」
「働くめども立っていないし、家賃が安い場所に住みたいわね。部屋は私とナノで共有すればいいし……」
「ナノはリベの家の近くがいいの! リベに会いやすくなるから」
物件を見てそれぞれの意見を述べた。
ミリは『ライン』近くの物件、ナノは俺の家に近い物件がいいと意見した。
マクロはどっちつかずな返事をしている。
後は、中を見て判断するしかない。
俺たちは担当のヒトの案内の元、二つの物件を見に行った。
☆
「『ライン』近くの物件が魅力的ですね」
結局、物件はマクロの一言で決まった。
ナノは最後まで駄々をこねていたが、ミリとマクロはそれを無視し、目的の物件を契約した。
「数ヵ月は俺が出すよ」
「リベ、そこまでしなくていいのよ。アンネさんのこともあるし、自分の家庭の事を優先して」
「今まで多く給料を貰ってたんだ。貯金も十分出来ている。心配しなくていい」
「あらそう。なら、頂くわ」
「あっさり貰うんだな」
「ええ。この世界で暮らしていくんだもの。仕事を見つけるまでは頼らせてもらうわよ」
「はいはい」
安定した収入を得るまで、三人の生活費を出すと俺はアンネと相談して決めた。
アンネも、三人のためならばと快く賛同してくれた。
冒険していた時のお金と、『ライン』で店長をしていたときのお金があれば、しばらくはもつ。
そのことをミリに伝えると、遠慮していた態度がガラっと変わった。
「外の世界に出た後も、主食は”アリガトウ”なのか?」
「はい。普通の食事で補えたりはするんですけど……、アリガトウが一番ですね」
「それは一日どれくらいあれば満足するんだ?」
「言葉を一とすると、三つ欲しいですね」
一日一食ではなく、一日一アリガトウか。
それさえあれば、ムーブ族は食事を摂らなくてもいい。
だが、マクロたちは食事を摂っている。食事を楽しんでいる。
それは『ライン』で、料理店で働いていたからだろう。
父親と兄の料理をヒトが美味しそうに食べていたからだろう。
「リベ、どうしたの?」
「いや、何もないが」
「ナノたちを見て悲しい顔をしていたの」
「……まあ、ネズミとセンチのことを思い浮かべていてな。二人もここにいたらもっと賑やかだったんじゃないかって、想像してしまったんだ」
「リベでも、ナノ怒るの」
ネズミの話が出ると、ナノは決まって不機嫌になる。
俺が相手だと、ナノは控えめに怒る。
こつんと腕を小突かれた。
「ナノ怒ったから、リベの腕に抱き付くの!」
「……それは怒ってるのか」
「怒ってるの!」
俺の腕にナノがしがみついた。身体を密着させ、離れようとしない。
怒っているといいながら、ナノの表情がニヤけていた。
まあ、アンネもほどほどに許しているから、そのままにしとくか。
俺は見て見ぬフリをすることに決めた。
「なんでネズミに怒ってるんだ」
「それは……、言葉に出来ないの。モヤモヤしてるの」
「そのモヤモヤが消えたら……、ナノは『ライン』に帰るか?」
「……うん」
当人ですら言葉に出来ないモヤモヤ、それは一体なんだろう。
あの言い様だと、出生について黙っていたことは怒ってなさそうだ。
他の事、他の事――。
「もしかしたら、本当の両親の話を聞いていないからじゃないか」
「そ、それなの!! 本当のパパとママの話、聞きたいの!」
ナノの表情がぱあっと晴れやかになった。
『本当の父親ではない』と教えられはしたものの、じゃあ、本当の父親はナノを置いてどこへ行ったのか、それが分からないから、彼女はモヤモヤとしていたのだ。
俺も、その話はネズミから聞いていない。
「俺から聞いてもいいんだが、大事な話だ。直接聞きに行かないか?」
「そうするの。リベ、一緒に……、お話聞いてほしいの」
「ああ」
それでナノがネズミと仲直りするのなら。
俺とナノは、彼女の父親についてネズミに詳しい話を聞きに行くことにした。




